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尊円入道親王筆書状

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD14
タイトル
ソンエンニュウドウシンノウヒツショジョウ
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-002035-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き フォント アート モノクロ モノクロ写真

尊円入道親王〈そんえんにゅうどうしんのう・1298-1356〉は、歴朝屈指の能書帝伏見天皇〈ふしみてんのう・1265-1317〉の第6皇子。名は尊彦。11歳で青蓮院(しょうれんいん)に入室、14歳で薙髪して、法名を尊円と改める。以来、59歳で没するまでに、天台座主を4度、青蓮院門跡を3度務めた。和漢兼学をもって鳴り、ことに書においては、わが国の書道史上、特筆すべき存在。幼帝後光厳天皇〈ごこうごんてんのう・1338-74〉のために『入木抄(じゅぼくしょう)』(1巻。書道指南書)を著した。その書流は青蓮院流(尊円流とも)と称されて後生に大きな影響を及ぼし、江戸時代の御家流(おいえりゅう)は、この流派を布衍したものである。文中「山門」というのは、比叡山延暦寺のこと。平安時代後期以降、南都の興福寺とともに、強大な大衆を擁して、当時の政治を左右する力を持っていた。宮廷と幕府が常に介在して、多大の関心事であった。文意はさだかでなく、手紙の背景を把握しがたいが、文中の「若しくは滅亡(仏法)の時至り候やらんと周章に候」「相い構え、上計(はかりごと)を廻らさるべく候か」などの語によって、緊迫した情勢がうかがわれる。宛所をことさらに避けており、また差出所の「尊円」の右端下に「上」(たてまつる)と注記するところから、光厳上皇に差し出したものと思われる。「山門の事、先ず早々武家に仰せ下され候。畏り入り候。未だ御返事を申し入れず候哉。今度、山門の沙汰の次第、甘心せざる様躰に候。其の上は、公家・武家の時宜に相叶い難く候かと存じ候。殊に歎き存じ候。若しくは滅亡の時至り候やらんと周章に候。相い構え、上計を廻らさるべく候か。其の為、祈祷群居の輩の事、外聞、猶其の恐れ候。散々の儀に似せるの条、然るべからずの由、宿老(上役の僧たち)問答致し候て、昨日分散し候と、云々。是許の宿老、沙汰の次第も返すがえす神妙に存じ候。此の題目、先日密々に言上の間、落居の間、故に又申し入れ候。披露せしめ給うべし。八月二十日尊円上る」

山門事先早々被仰下武家候畏入候未申入御返事候哉今度山門沙汰之次第不甘心様躰候其上ハ公家武家の時宜ニ難相叶候歟と存候殊歎存候若滅亡時至候やらんと周章候相構可被廻上計候歟其為祈祷群居輩事外聞猶其恐候似散々儀之条不可然之由宿老致問答候て昨日分散候云々是許之宿老沙汰之次第も返々神妙存候此題目先日密々言上之間落居之間故又申入候可令披露給八月廿日尊円上

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-002035-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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斯道文庫
キャンパス 三田
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美術

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オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Letter by Princely Priest Son-en

物理的特性

重量と数量
員数 1幅

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Letter by Princely Priest Son-en

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