良純親王筆消息
- 人物
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作者良純親王
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- リョウジュンシンノウヒツショウソク
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
良純入道親王〈りょうじゅんにゅうどうしんのう・1630-69〉は後陽成天皇の第8皇子。母は権大納言庭田重具の女・具子で、後水尾天皇や近衛信尋らの異母弟にあたる。八宮と称される。5歳で知恩院に入室。12歳で親王宣下があり、直輔と名付けられる。やがて徳川家康の猶子となり、元和5年〈1619〉17歳の時に得度、名を良純と改める。酒を好み、凡俗と親しく交わり、さらには遊女町にも足を運ぶなど、入道親王の座に従順に納まる性格ではなかったようである。ついに、寛永20年〈1643〉、勅勘を蒙って、甲斐の天目山へ配流される。16年後、許されたが知恩院には戻れず、泉涌寺の中の新善光寺に住した。そして寛文4年〈1664〉北野に移り還俗し、以心庵重雅(いしんあんしげまさ)と称した。この手紙は、茶の湯の世界で交遊した金森宗和〈かなもりそうわ・1584-1656〉に宛てたもの。茶釜の修理を依頼してあったのであろうか、無事修復成って、使いの近従服部某を通じて受領、その出来ばえの良さに満足している様子がうかがえる。また、その礼として、木練の吊柿(木になったままで熟し甘くなる種類の柿を吊し柿にしたもの)30個を進上する旨が記されている。なお、差出所に「車」とあるのは、良純親王の一字名である。「昨日、釜、服部請取り申し候。色々、満足申し候。この木練の吊柿三十、もしやと参らせ候。御可笑き物ながら、好物なる由、聞き候間、参らせ候。かしく。/路次(露地)の事、必ずかならず、頼み入り候。九月八日(花押)/金森宗和車」
路次之事必々頼入候昨日釜服部請取申候色々満足申候此こねりのふ(つ)りかき卅もしやとまいらせ候御かしき物なから好物成よし聞候間まいらせ候かしく 九月八日(花押)金森和車
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Hiragana Letter by Princely Priest Ryojun
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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