豊蔵坊信海筆書状
- 人物
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作者豊蔵坊信海
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- ホウゾウボウシンカイヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
豊蔵坊信海〈ほうぞうぼうしんかい1626-88〉は、山城国石清水八幡宮の社僧。豊蔵坊孝仍〈こうじょう・?-1644〉の子。名は孝雄、字は子寛。信海のほかに、覚華堂・玉雲翁・牛庵・玉虚・鳩嶺などを号した。松花堂昭乗〈しょうかどうしょうじょう・1582-1639〉に書画を、小堀遠州〈こぼりえんしゅう・1579-1647〉に茶道を、松永貞徳〈まつながていとく・1571-1654〉に俳諧をそれぞれ学んだ。とくに狂歌においては当代を代表する作者として聞こえ、正親町実豊〈おおぎまちさねとよ・1620-1703〉・中院通茂〈なかのいんみちしげ・1631-1710〉・北村季吟〈きたむらきぎん・1625-1705〉らと交流した。『狂歌鳩杖集』を残している。この書状の返し書きは、書風が異なる。信海が宛てた覚寿(不詳)の返事(勘返)であろう。慈救呪(じくじゅ)とは、不動明王の大・中・小、三呪文のうちの中呪のこと。この呪文を唱えると災害をまぬがれ、願いがかなうとされる。その呪文を八千枚書写しているというのであろうか、冬季の寒い中、老弱の身にはこたえる所業と嘆く。信海の用件は、面談の日取りの打ち合わせにある。速筆で、行が右下に傾く。かなり急いての書写ぶりがうかがわれる。「御念に入れらる貴翰辱く存じ候。今夕御出成さるべく候へども、御略御座候条、御延引の由、御尤もに存じ奉り候。明早天(明朝早く)出京仕り候。明後(日)安真(弟子か)へ仰せ候へども、夕方は帰坊仕るべく候間、其の刻御出成さるべく候。二十日は高槻へ罷り越し候。猶、面上を期し、万々御意を得候。寒気強く難儀に及び候へども、雪の垣根に申し入れ候も、面白く候。如何御覧候哉。月も春秋よりは詠よし、申し候。恐惶頓首。正月十七(日) 心海/覚寿様返報/[勘返](覚寿)八千枚の慈救の呪、草臥に土用より八専(=千)枚は、弱き身にあたりやすすさま、慈救の呪。かしく。」
[勘返](覚寿)八千枚の慈救の呪草臥に土用ヨリ八専枚ハよハき身に所々あたりやすすさま慈救の呪かしく………………………………………………被入御念貴翰辱存候今夕可被成御出候へとも御略御坐候条御延引のよし御尤ニ奉存候明早天出京仕候明後安真へ仰候へとも夕かたハ帰坊可仕候間其刻可被成御出候廿日ハ高槻へ罷越候猶期面上万々得御意候春秋寒気強及難儀候へともよりは雪の垣ねニ申入候も面白候詠よしいかゝ御覧候哉月も 申候 恐惶頓首 心海 正月十七 覚寿様返報
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グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Hozobo Shinkai
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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