足利尊氏(右筆)軍勢催促状

- 人物
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作者足利尊氏(右筆)
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- アシカガタカウジ(ユウヒツ)グンゼイサイソクジョウ
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
足利尊氏〈あしかがたかうじ・1305-1358〉は、室町幕府初代将軍。貞氏〈さだうじ・1273-1331〉の子で、母は上杉頼重〈よりしげ・生没年未詳〉のむすめ清子〈きよこ・?-1342〉。初名は高氏。鎌倉幕府討伐の第一の功臣として、後醍醐天皇〈ごだいごてんのう・1288-1339〉の諱(尊治)の一字を与えられて尊氏と改めた。だが、後醍醐天皇の建武政権に背き光明天皇〈こうみょうてんのう・1321-80〉を擁立、延元3年〈1338〉に征夷大将軍に任ぜられ、京都に室町幕府を開いた。二条為定〈にじょうためさだ・1293-1360〉・頓阿〈とんあ・1289-1372〉に和歌を学ぶ。また、夢窓疎石〈むそうそせき・1275-1351〉に帰依し、京都に天竜寺を建立したことでも知られている。この軍勢催促状は、高氏(尊氏)が鎌倉幕府に反旗を翻した際、諸国の将士に軍勢の応援を求めて、高氏が在陣していた丹波国篠村八幡宮(京都府亀岡市)から発した文書である。宛名には「国分寺下司寺町新二郎殿」と記されている。丹波の国分寺は篠村八幡宮の近隣に所在する。「下司」とは荘園管理の実務を行う荘官のこと。高氏は最近隣の国分寺下司職たる寺町新二郎に、いち早く軍兵の加勢を募ったのであろう。紙面に見える「根津文庫」の朱印は、森尹祥〈1740-98〉の所蔵印。江戸根津に住し、幕府の右筆をつとめた。同じく右筆で国学者の屋代弘賢〈1758-1841〉に書を教えた事でも知られる。この文書は、その尹祥が珍蔵愛玩していたものである。「伯耆国より勅命を蒙る所なり。早く一族を相い催し(下知集合して)、参いらる(参陣する)べく候。恐惶謹言。/四月二十七日高氏(花押)/国分寺下司寺町新二郎殿」
自伯耆国所蒙勅命也早相催一族可被参候恐惶謹言四月廿七日高氏(花押)国分寺下司寺町新二郎殿
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識別情報
- タイトル(英題)
- Request for Reinforcement by Ashikaga Takauji's Secretary
物理的特性
- 付属品
- 説明書1
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