西園寺実晴筆書状
- 人物
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作者西園寺実晴
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- サイオンジサネハルヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
西園寺実晴〈さいおんじさねはる・1600-73〉、内大臣公益〈きんます・1582-1640〉の子。順調に累進を重ね、慶安2年〈1649〉には内大臣、承応3年〈1654〉には右大臣、寛文7年〈1667〉には従一位・左大臣を極めた。が、翌8年辞任、12月に出家、大忠院入道と号した(法名・性永)。礼楽を好み、画事をたしなみ、とくに仏祖像を描くのに優れていたという。その書は、当時の書流系譜によると、三条西実隆〈さんじょうにしさねたか・1455-1537〉を祖とする三条流にその名をつらね、伝存する短冊にはその面目が躍如とする。が、この手紙のように草卒に筆を執る筆跡はまた別のもの。枯淡な味わいに渋滞の筆意から、晩年の執筆を思わせる。となれば、宛名の「前(飛鳥)井大納言」は、飛鳥井雅章〈あすかいまさあき・1611-79〉が有力。実晴の出家(寛文八年・1668)、雅章の大納言辞任(承応四年・1655)を勘案すると、これは実晴60代半ばのものと推定される。雅章の江戸下向に際して、寒中の旅途を案じ、慰めとして「野山吹く……」の一首を送る。両者の親しい間柄がほのぼのとする。「寒気以っての外(意外)に候。東州(江戸)への御下向、寒さ察し入り候。/野山吹くあらしの末の激しさを伏せてたよりの頭巾ともなれ/一笑々々。近日、参会を遂げ述ぶべく候。穴賢(あなかしこ)。寒菊移ろい候へども、一枝、見参に入れ候。十一月十日実晴/飛(鳥井)前大納言殿」
寒菊うつ(ろ)ひ候へ共一枝見参ニ入候寒気以外ニ候東州江之御下向さむさ察入候野山吹くあらしのすゑのはけしさをふせくたよりの頭巾ともなれ一笑々々近日遂参会可申述候穴賢十一月十日 実晴飛前大納言殿
オブジェクトの概要
ライセンスなど
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グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Saionji Saneharu
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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