Object
日野輝資筆短冊
日野輝資
- 人物
-
作者日野輝資
- 年代
-
制作年 AD17
- タイトル
- ヒノテルスケヒツタンザク
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
日野輝資〈ひのてるすけ・1555-1623〉は、広橋国光(ひろはしくにみつ)の子。初名は兼保(かねやす)。永禄2年〈1559〉日野家に迎えられ、晴光(はるみつ)の養嗣子となって輝資と改名した。天正15年〈1587〉に正二位・権大納言に至る。しかし、慶長7年〈1602〉正月7日、後陽成天皇により、突如として白馬節会(あおうまのせちえ)への出仕を止められ、息男資勝(すけかつ)とともに出奔。翌8年〈1603〉11月に一切の職を辞し、同12年に出家した。法名を知云(ちうん)・唯心(ゆいしん)と称す。日野家は代々、儒学・歌道をもって仕えており、輝資も出家後は、余生を文雅の道に送った。徳川家康が在京の時は、侍して学を講じたという。書は、道澄流の書き手として知られる。この短冊は署名の「輝資」より、慶長12年〈1607〉の出家前に書写されたもの。一行目が中心寄りで、行が左に流れる癖がみてとれる。歌題は、飛鳥井雅庸〈あすかいまさつね・1569-1615〉の筆であるという旨の極札が添えられている。
浦船:吹音も比良の根颪(ねおろし)絶行ば こぎこそ出れ志賀のうら船輝資
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オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Tanzaku by Hino Terusuke
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 付属品
- 古筆極め3紙
来歴
Keio Object Hubでは、試験的な取り組みとして、AI(機械学習)を用いてキーワードを付与し、検索やフィルタリングに使用しています(AIサジェスト)。
初期ローンチ時は、Google Cloud の Vision APIを利用して、各オブジェクトの画像を解析し、自動的にキーワードを付与しています。