近衛兼教筆詩懐紙
- 人物
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作者近衛兼教
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- コノエカネノリヒツシカイシ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
近衛兼教〈このえかねのり・1267-1336〉は、鎌倉末・南北朝時代の公卿。関白左大臣基平〈1246-68〉の子。弘安3年〈1280〉元服、右近衛少将、右近衛中将となる。同6年〈1283〉従三位に叙す。また非参議美作権守となる。同10年〈1287〉参議。正応元年〈1288〉七月、権中納言に任ぜられ、右衛門督を兼ね、のち左衛門督に転じ、同3年正月、権大納言に進む。正安元年〈1299〉12月に官を辞すが、翌年3月還任。4月、再度これを辞した。延慶3年〈1310〉4月、従一位に叙され、また准大臣となるも、嘉暦2年〈1327〉より亡くなる建武3年〈1336〉まで記録から姿を消す。号は猪熊一位入道。この詩懐紙は、十五夜を詠んだ一葉。位署にある「右近衛権中将」に兼教が就いたのは、弘安3年から同10年までの期間で、すなわち兼教14歳から21歳までの間の執筆と分かる。彼は、藤原忠通を祖とする法性寺流の書き手で、この一葉には、鎌倉時代特有の粘りのある重々しい書風が遺憾なく発揮されている。また、書式は署名を花押だけにするという、異例のものである。「八月十五日夜、月前に言志をよめる詩。勒。右近衛権中将(花押)/雲収まり眼路二千里、三五(十五)夜中宴遊せず。松白山の南、林雪の夕。草寒の郷外、野は霜秋。晴後は粛清す嵆氏の悵。月前に談詠す、庾公の楼。華陽に舞わんことを想い、洞興を想う。詩人は眠りに騎り、無由に逃る。」
八月十五夜月前言志詩勒右近衛権中将(花押)雲収眼路二千里三五夜中不宴遊松白山南林雪夕草寒郷外野霜秋秋晴後粛清嵆氏悵月前談詠庾公楼想儛華陽想洞興詩人眠騎逃無由
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ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Chinese Poem Kaishi by Konoe Kanenori
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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