徳川家宣・近衛基煕筆詠草
- 人物
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作者徳川家宣賛者近衛基煕
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- トクガワイエノブ・コノエモトヒロヒツエイソウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
冒頭の「大樹」は将軍の異称。この詠草は当代将軍の五十賀を祝って詠じたもので、2人の手になる。前半は署名がないが、後半には「基熙」とある。この詠草で祝福される「大樹」は、基熙の存命期間から、5代将軍徳川綱吉〈とくがわつなよし・1646-1709〉か、6代将軍家宣〈いえのぶ・1662-1712〉のいずれかになる。前半の筆者は、将軍の五十賀に列し、しかも基熙がその後に筆を添えるような高貴の人。さらに、筆跡は基熙よりやや若い。これらの点から、前半の2つの段落は、元禄8年〈1695〉正月9日に催された将軍綱吉の五十賀の祝いとして、次代将軍となる徳川家宣が書いたものと推測される。家宣は甲府宰相徳川綱重の子で、この時は綱豊と称した。延宝7年〈1679〉に基熙のむすめ熙子を娶っており、基熙は舅にあたる。この後、綱吉に嗣子ができなかったため、宝永元年〈1704〉綱吉の養嗣子となり、跡目を継いだ。新井白石・室鳩巣らを侍講として迎えた好学の将軍として著名である。この賀筵の時には、家宣34歳、基熙48歳。両者とも穏やかな筆致で、ことに基熙がみせる美しい仮名の連綿は、彼が思慕した平安朝の名筆を想起させるものである。「松枝、縁を開いて、優美隆麗。顕色、宝算、万春齢を見る。之に依り日を追い歳を重ぬ。聖賢の跡を慕い、永く忠孝広道を学び、万衆に偏えに是を施す。/老せじな五十路の坂を踏み分けて幾萬代の道を広めん/数ふれば足らず及ばずさざれ石君が齢の長きためしに/限りなき君が齢の花かづらかゝるためしを松にかぞへん/民の父となり母となりて世をめぐまれん事鶴亀の上をいふはさらなり。日月と共に世を照らし天の下動きなく其限りさへあるまじきことを祝して愚かなる心をかづ□□のべ侍りぬ何事をも見ゆるされんことをこいねがふといふこと/しかり基熙/祝ふてふ詞の花も十返りの松こそためし幾世かも見む」
大樹今年五十賀松枝開縁優美隆麗顕色寳筭万春見齢依之追日重歳慕聖賢跡学永忠孝廣道万衆偏施是老せじないそぢの坂をふみわけて幾萬代の道をひろめんかぞふればたらずおよばずさざれ石君がよはひの長きためしに限りなき君がよはひの花かづらかゝるためしを松にかぞへん民の父となり母となりて世をめぐまれん事鶴亀のうへをいふはさらなり日月とゝもによをてらしあめのしたうごきなく其かぎりさへあるまじきことを祝してをろかなる心をかづ□□のべ侍りぬ何事をも見ゆるされんことをこひねがふといふことしかり基熙祝ふてふ詞の花もとかへりの松こそためしいく世かも見む
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Draft Kaishi by Tokugawa Ienobu and Konoe Motohiro
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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