慈胤法親王筆消息
- 人物
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作者慈胤法親王
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- ジインシンホウノウヒツショウソク
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
慈胤法親王〈じいんほうしんのう・1617-99〉は、後陽成天皇の第15皇子。名は幸勝。清宮(せいのみや)と称した。寛永6年〈1629〉10月親王宣下、翌年11月、最胤法親王〈さいいんほうしんのう・1563-1639〉を戒師として出家、慈胤と改名。寛永19年〈1642〉、慶安3年〈1650〉、明暦元年〈1655〉と3度天台座主に任じている。寛文3年〈1663〉退隠して常修院と号した。茶道・華道に通じ、書にも秀でた。絵巻「東照社縁起」(寛永17年〈1640〉狩野探幽画と寛文5年〈1665〉住吉如慶画の両度)の詞書にも筆者の一人として加わっている。この書状は、「青蓮院御弟子之儀」、すなわち、後水尾天皇第12皇子守澄親王〈しゅちょうしんのう・1634-80〉の得度、青蓮院入室に関連するものである。親王は、寛永21年〈1644〉10月13日尊純法親王〈そんじゅんほうしんのう・1591-1653〉を戒師として得度、翌16日青蓮院に入室、名を尊敬と改める。このとき、京都所司代板倉周防守重宗〈いたくらしげむね・1586-1656〉が両儀式に深く関わっており、文中の「防州」は、この板倉重宗にほかならない。つまり、この書状は、寛永21年10月の執筆となり、慈胤法親王28歳の筆跡と知る。「防州(周防守)自りの状、披見せしめ候。先ず以って青蓮院御弟子の儀、江戸より申し来たり候由、大慶に存ぜしめ候。其れに就き、其の御加門にも爰元へ御成り候間、防州に御参会成され候はん由、明日、明後(日)、両日透き(隙)にて御座候間、御成り待ち奉り候。猶、其の節万々申し入るべく候条、細かに報せ候由、申し給い候。かしく。乃刻/回鳳(御返事)御中慈胤」
夜中故早々如此候自防州之状令披見候先以青蓮院御弟子之儀江戸より申来候由大慶令存候就其御加門ニも爰元へ御成候間防州に御参会被成候はん由明日明後両日透にて御座候間御成奉待候猶其節萬々可申入候条細報候由申給候かしく 乃刻回鳳慈胤御中
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ライセンスなど
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グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Princely Priest Jiyin
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1葉
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