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陽光太上天皇筆書状

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人物
年代
制作年 AD16
タイトル
ヨウコウダジョウテンノウヒツショジョウ
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-000891-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き フォント 矩形 モノクロ モノクロ写真

陽光太上天皇〈ようこうだじょうてんのう・1552-86〉は正親町天皇〈おおぎまちてんのう・1517-93〉の第一皇子。母は内大臣万里小路秀房〈までのこうじひでふさ・1492-1563〉の女で、入内して内侍となった藤原房子。永禄11年〈1568〉12月15日、親王宣下、誠仁(さねひと)と名乗った。同19日、元服の式をあげ、関白二条晴良〈にじょうはるよし・1526-79〉が加冠の役を奉仕した。ついで右大臣織田信長〈おだのぶなが・1534-82〉の猶子となり、信長は天正7年〈1579〉7月、新造の二条宮(現在の二条城)を献上、これに移住した。が、同10年6月、本能寺の変の際、乱は二条宮にも及んだので、親王は禁裏に帰還。天正8年4月頃から病気がちで、同14年には、正親町天皇譲位の時期も内定されたが、儀の行われるのに先立ち7月24日死去。享年35歳。院号を陽光院といい、太上天皇の尊号を追贈された。この手紙は、父帝正親町天皇に宛てたもの。当時の風習として、天皇に直接の差出しを憚り、近侍の上臈女官にあてている。まず、かねて懸案の御下書(下達文書)の一件が、二日酔いのために遅滞している旨の弁明が記されている。ついで、「初秋に夏衣」とある以下は、歌の所用字句についての私見を述べたもの。漢字仮名まじり文の手紙で、潤渇や細太こもごも、筆跡の美しさを展開している。「御下書やがて参らせ候はんずるを、例の沈酔(酒にひどく酔う)故、遅なはり迷惑申し候。「初秋に夏衣」と御入り候。此の上句は、仕立て夏のやうに候て、下句ばかり秋のやうに御入り候が、あながち、夏衣悪くは候はず候。又、菊と申し候字の中の米、斯様に宜しく候が、遊ばし候はば、一文字多く御入り候。又、菊、斯様書きたるも、猶、萬見参候にて、申し候べく候。この文、やがて御座候べく候て、給わり候べく候。かしく。この由、御心得候べく候。悪きとて何事も、思ひ寄り参らせ候程は、申したき心中にて候へども、何を知り顔にと、人の笑ひ候はん事、一段迷惑にて候。上臈申され候べく候。誠仁」

わろきあそハし候ハ一文字おほくとて御入候なに事も又菊かやう書たるも 御下書やかてまいらせ候なをよろつ思ひよりけさん候にてまいらせ候ハんするを例の沈酔申へく候ほとハ この文 申やかてゆへおそなハりめいわく申候御さ候へく候てたき心中 にて初秋に夏衣と御入候此給候へく候候へともかしく上句ハしたて夏のやうに候てこのよし何を 御心へしり候へく候かほ下句ハかり秋のやうに御入候かにとあなかち夏衣わろくハ候ハす候又菊と人のわらひ候申候字の中米かやうにハん事よろしく一たん候かめいわくにて候上らふ申され候へく候誠仁

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-000891-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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所管
斯道文庫
キャンパス 三田
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基本分類
美術

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オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Letter by Honorary Emperor Yoko

物理的特性

重量と数量
員数 1幅

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タイトル(英題)
Letter by Honorary Emperor Yoko

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