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藤田乗因筆書状

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD17
タイトル
フジタジョウインヒツショジョウ
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-002004-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き フォント 白黒 アート 矩形

藤田乗因〈ふじたじょういん・生没年未詳〉は、藤田友閑(ゆうかん)の子で、延宝年間〈1673~81〉に活躍した能書家として知られる。心海、あるいは一練庵・白室翁などを号した。学書においては、松花堂昭乗没後その書流たる滝本流(たきもとりゅう)を嗣いだ滝本坊乗淳に師事、習書に精励、ついに滝本流の能書第一となる。その書名は一世を風靡したという。乗因の名も師匠・乗淳の一字を付与されたものであろう。ある時、宇治・万福寺の黄檗僧独立〈どくりゅう・1596-1672〉と乗因が書法を論じた。独立は、母国・中国の能書家王羲之・王献之父子の書を称賛、それに比して弘法大師空海の書を難じた。空海は、乗因の滝本流の根源となる書流・大師流の流祖。そこで乗因は、独立に自らの書論を主唱した『楷等要略』を示した。一読した独立は、自分の浅見を恥じて、即座に「日東書法之源也」と書して、空海に対する評価を改めたという(『松花堂筆跡法帖』所収「筆伝系略」)。乗因の滝本流への傾倒ぶりを伺わせる逸話として注目される。この書状は、山地勘右衛門(未詳)に宛てたもの。内容は、かれが行書作品の清書を送ってきた。おそらく、松花堂昭乗を手本にした臨書になるものであったであろうか。良く出来ていたので、今度は、自作の文(手紙・文章)を作り、まず自運(自己流)で一行、そして次は八幡宮(滝本流)で一行、と交互に書き分けて習字してみると、より滝本流本来の書法が会得出来るであろう、と学書の方法を指南している。山地勘右衛門が乗因の書道の弟子であったことがこの一通で証明されたわけである。当時の習字の実態を知る意味でも貴重な存在である。「行(行書)の清書御認め立て珍重に候。残る所無く候。然らば、此の筆体にて御自作に短き文を一つ御書きなされ然るべく存じ候。先ず、一行か二行づつ遊ばされて下さるべく候。直し申すべく候。自作を一行書きて、八幡宮(滝本流)を一行、又自作一行、斯様に一行づつ交ぜて遊ばさる、尤もに候。筆体のよく映り申すために候。御手紙の遊ばさる様、近比、珍重に存じ候。よく八幡宮の体に映り申し候。以上。/早々申し候。以上。山地勘右(衛門)様乗因」

早々申候以上行之清書御認たて珍重ニ候無所残候然者此筆躰ニ而御自作ニみしかき文を一ツ御かきなされて可然存候先一行か二行ツゝ被遊候而 自作ヲ一行書て可被下候 なをし可申候八幡宮を一行又自作一行カヤウニ一行つゝませて被遊尤候筆躰ノヨクウツリ申タメニ候御手紙の被遊様近比珍重存候よく八幡宮ノ体ニウツリ申候以上山地勘右様乗因

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-002004-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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斯道文庫
キャンパス 三田
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オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Letter by Fujita Joyin

物理的特性

重量と数量
員数 1葉

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タイトル(英題)
Letter by Fujita Joyin

物理的特性

重量と数量
員数 1葉