Object

三条西実隆筆消息

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD16
タイトル
サンジョウニシサネタカヒツショウソク
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-001051-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き 生命体 矩形 フォント 論文

三条西実隆〈さんじょうにしさねたか・1455-1537〉は室町時代の公卿。高い教養と学識をそなえた文化人として著名な人物。内大臣公保〈きんやす・1398-1460〉の二男であるが、兄実連が夭折したため、4歳で家督を継いだ。その際に初名公世(きんせい)を公延(きんのぶ)と改名、文明元年〈1469〉の元服の時に実隆と改めた。以後昇進を重ね、永正3年〈1506〉に内大臣に至った。和漢の学や有職故実に通じ、『源氏物語』はじめ古典の考究にはげみ、一条兼良〈いちじょうかねよし・1402-81〉のあとをうけて、中世和学の興隆を着実に推進した。また、和歌においても、飯尾宗祇〈いいおそうぎ・1421-1502〉、東常縁〈とうのつねより・1401-?〉から古今伝授をうけ、豊かな歌才を発揮した。牡丹花肖柏〈ぼたんかしょうはく・1443-1527〉とは同門の間柄にあり、茶の湯で有名な武野紹鷗〈たけのじょうおう・1502-55〉は、実隆門下の一人である。実隆は書も能くし、彼の書風は三条流(逍遙院流とも)と呼ばれ、多くの追従者を出した。彼の日記『実隆公記』は室町後期の基本史料として重要。この手紙は、自署に「さね隆」と記すところから、永正13年〈1516〉4月13日出家(62歳)以前の手紙である。仮名書きの消息であるところから、勾当内侍(こうとうのないし・女官長)を介して後柏原天皇〈ごかしわばらてんのう・1464-1526〉にさし出したもの。拝領の扇(天皇自筆で詩歌が書写されていた)の謝礼と、実隆が調達した冊子の外題揮毫用の料紙が御意に叶った喜びを伝えている。当時、消息の書式には、差出人の名乗(名前)の上の一字を仮名(さね隆)で書くのがしきたりであった。「誠に祝詞重疊、猶々、祗公(伺候)仕りて申し入れ候べく候。細々と仰せ下され候。殊に此の扇、拝領、見事さ畏り入り候。返すがえす、過分に存じ候。外題(本の題名の染筆)の紙、御意に相叶い祝仕り候。左様に今夜、事々打ち喧ましく候。めでたく、御もたらせおかしまし候。旁(かたが)た、猶、祗公仕りて、申し入れ候べく候。猶々、心得候べく候。かしく。実隆」

かしこ扇拝領まり入候みことさまことに祝詞重疊猶々祗公仕て申入候へく候返々過分に存し候こま/\と仰下され候外題の帋(紙) ことに御意に 此あい叶祝着仕候さやうに猶々御心え候へく候今夜かしく事々打かしましく候めてたく御もたらせをかしまし候旁猶祗公仕て申入候へく候さね隆

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-001051-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

画像
ライセンス

所管・分類など

所管
斯道文庫
キャンパス 三田
URL
基本分類
美術

グループのオブジェクト

OPEN DATADESIGN

Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。

オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Letter by Sanjonishi Sanetaka

物理的特性

重量と数量
員数 1幅

識別情報

タイトル(英題)
Letter by Sanjonishi Sanetaka

物理的特性

重量と数量
員数 1幅