前田利常筆書状
- 人物
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作者前田利常
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- マエダトシツネヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
前田利常〈まえだとしつね・1593-1658〉は第3代金沢藩主。藩祖前田利家〈としいえ・1537-99〉の四男。慶長5年〈1600〉、8歳の時に兄利長〈としなが・1562-1614〉の嗣子となり、13歳で元服して松平の称号を許され、従四位下・筑前守に任じた。この手紙の宛主は、徳川家光〈とくがわいえみつ・1604-51〉の乳母・春日局〈かすがのつぼね・1579-1643〉である。文面によれば、将軍家光がようやく病癒えて食事も進むようになられたと仄聞した利常であったが、もう少し詳しく近況を知らせてほしいと、乳母・春日局に要請した手紙である。差出所に「まつ平筑せん守」とあり、寛永6年〈1629〉4月、利常が37歳で肥前守に改めるまでに記されたもの。文面の冒頭の「公方様」とあるところから、元和9年〈1623〉7月、家光将軍就任後から利常が肥前守を称するまでの間の「六月四日」に書かれたと推定される。この間に家光の病歴を『大猷院殿御実記』によって探ると、家光は寛永5年〈1628〉の5月18日、瘧を悩み、医官半井驢庵成近〈なからいなりちか・?-1639〉に調薬させていることを知る。となると、この手紙は、寛永5年の6月4日のものであろうと推定される。利常時に36歳であった。「一筆申し入れ候。公方様(江戸幕府第3代将軍・徳川家光)、いよいよ御機嫌良く、御膳(食事)も御快くお召し上がり候や今日の御容態、詳しくうけ給わ(承)りたく存じ奉り候。御返事、仰せ聞され候べく候。猶、口上に申し含め候。めでたくかしく。六月四日松平筑前守春日(局)様」
一筆申入候公方様いよいよ御きけんよく御せんも御快御召上候哉今日の御やうたいくハしくうけ給たくそんしたてまつり候御返事仰聞され候へく候なを口上ニ申ふくめ候めてたくかしくまつ平六月四日筑せん守かすかさま
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