松永貞徳筆書状
- 人物
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作者松永貞徳
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- マツナガテイトクヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
松永貞徳〈まつながていとく・1571-1653〉は、織豊時代から徳川時代初期の俳人・国学者。京都に生まれる。幼名を勝熊(しょうゆう)、号は逍遊軒・松友・長頭丸・明心居士・花咲翁など。連歌師であった父・永種の縁故により、幼年より和歌や連歌や有職などを一流の師に学んだ。九条稙通〈くじょうたねみち・1507-94〉や細川幽斎〈ほそかわゆうさい・1534-1610〉、里村紹巴〈さとむらじょうは・1524-1620〉などをはじめ、数十人の師がいたといわれる。その結果、貞徳の業績は諸分野にわたり、木下長嘯子〈きのしたちょうしょうし・1569-1649〉とならぶ近世初期の代表的歌人となり、貞門派(ていもんは)俳諧の創始者となった。先輩・友人には儒学者藤原惺窩〈ふじわらせいか・1561-1619〉、林羅山〈はやしらざん・1583-1657〉、茶人安楽庵策伝〈あんらくあんさくでん・1554-1642〉などがいる。貞徳はまた、20歳ごろには豊臣秀吉〈とよとみひでよし・1536-98〉の右筆もつとめたと伝えられ、その能書家ぶりを推察させる。これは、非常に急いでしたためた書状のように見受けられる。折柄、代書すべき書き役不在のため、貞徳自身が小さな紙に書きつけて申し送った、と釈明している。宛名の岡本仁意は不明ながら、長点(和歌・連歌・俳諧などでとくにすぐれた作品につける評点)を貞徳がつけたこと、撰集が出来たと述べていることなどから、俳諧の門人かと思われる。「火急の便、御報書かする右筆これ無き故、切帋(=紙)に及び候。先年の小短尺(=短冊)も縁あるまじく候。御心安かるべきか。今度の長点も此方にて書き留め候。撰集、早や出来候。穴賢。卯(四月)二十七日長頭(丸)拝岡本仁意様」
火急之便御報カゝスル右筆無之故及切帋候先年之小短尺も縁アルマシク候可御心安歟今度之長点モ此方ニテ書留候撰集ハヤ出来候穴賢卯廿七長頭拝岡本仁意サマ
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Matsunaga Teitoku
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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