平経親筆書状
- 人物
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作者平経親
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- タイラノツネチカヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
平経親〈たいらのつねちか・生没年未詳〉は、伏見天皇〈ふしみてんのう・1265-1317〉の近臣。正二位・権大納言に昇ったが、文保元年〈1317〉9月4日、伏見院の葬礼に供奉した日、出家した。法名は浄空。この書状は、延慶3年〈1310〉3月28日、伏見院のもとで、撰集の事務をつかさどった経親(正二位・前権中納言・49歳)が、二条為世(にじょうためよ〈1250-1338〉・正二位・前権大納言・民部卿・61歳)に対して、祖父藤原為家〈ふじわらのためいえ・1197-1275〉相伝の譲状の原本の提出を求めたものである。延慶3年正月から同7月にかけて、伏見院下命の勅撰和歌集(『玉葉和歌集』)の撰者をめぐり、藤原定家〈さだいえ・1162-1241〉の末裔たる二条為世と京極為兼〈きょうごくためかね・1254-1332〉が対立して、互いに陳状(具申書)で反駁していた(『延慶両卿訴陳状』)。為世にとっては、為家の譲状の正本が無二の切札であった。しかしながら、結局、為兼に軍配が上がり、正和元年〈1312〉に『玉葉和歌集』の奏覧となった。「勅撰の事、初度、第二度の陳状并びに先度仰せられ候、故民部卿入道(藤原為家)が譲状の正文等、悤に進ぜらるべきの由、仰せ下され候。仍って、執啓、件の如し。三月二十六日。経親。謹上民部卿殿」
勅撰事初度第二度陳状并先度被仰候故民部卿入道譲状正文等忩(=悤)可被進之由被仰下候仍執啓如件三月廿六日経親謹上民部卿殿
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グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Taira no Tsunechika
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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