日野弘資筆書状
- 人物
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作者日野弘資
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- ヒノヒロスケヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
日野弘資〈ひのひろすけ・1617-87〉は、権中納言日野光慶〈みつよし・1591-1630〉の長男。順調な累進を重ね、権大納言に進む。儒学・歌道をもって朝廷に仕える日野家の当主として、両道に精通、とくに歌道においては、『古今和歌集』の奥義を後水尾天皇より受け、中院通茂・飛鳥井雅章・良恕法親王など、当時を代表する歌人と親交を結んだ。『野江問答(やこうもんどう)』『詞林問答(しりんもんどう)』などの著書を残している。この書状は、久保和泉守勝時〈くぼかつとき・1627-92〉に宛てたもの。寛文12年〈1672〉東福門院和子(秀忠女)に近侍、近江国滋賀郡に五百石を加増され、のち従五位下和泉守に叙任された。また、文中「上杉伊勢守」は、上杉長之〈うえすぎながゆき・1644-84〉のこと。寛文3年〈1663〉に従五位下伊勢守となっている。この両者の経歴を踏まえて、「院参」「御移徙之御祝儀」の日時を考証すると、延宝5年〈1677〉9月20日から7日間にわたって、後水尾法皇の新洞御所への還幸祝いの儀式が盛大に催されていることに結びつけることができる(同10月2日、関白房輔第の仮御所から新御所へ移っている)。時に弘資61歳であった。当時の公卿に通行の青蓮院流の書風といえようか。「昨日は、上使上杉伊勢守(上杉長之)院参(仙洞御所に参上)候て、御移徙の御祝儀申し上げられ、珍重に存じ候。然らば、明昼差し合いもこれ無く候はば、如何にも軽料理申し付け、御心易く御語り有る間敷き哉の由、勢州(伊勢守)え申し遣わし候処、来臨有るべきの由に候。自然、御用御座無く候はば、来駕怡悦(嬉しい)為るべく候。恐々謹言。九月二十四日(花押)/久保和泉守殿日野大納言弘資」
昨日者上使上杉伊勢守院参候而御移徙之御祝儀被申上珍重存候然者明昼差合も無之候者如何ニも軽料理申付御心易御語有間敷哉之由勢州江申遣候処来臨可有之由候自然御用無御座候者来駕可為怡悦候恐々謹言九月廿四日(花押) 日野大納言久保和泉守殿弘資
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Hino Hirosuke
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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