賢昌筆書状
- 人物
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作者賢昌(常住坊)
- 年代
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制作年 AD16
- タイトル
- ケンショウヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
差出所にある「常住坊」は、和泉国堺にあった日蓮宗の寺・妙国寺の塔頭の一つである。妙国寺は、摂津・河内・和泉三国を領した三好実休〈じっきゅう=義賢・1526-62。長慶の弟〉が、京都頂妙寺の日珖〈にちこう・1532-98〉に帰依、日珖の出自たる堺に建立を企図した寺。完成を待たず実休は戦死。その遺志を日珖が引き継ぎ、堺の豪商油屋常言(あぶらやつねとき)の造営料寄進により建立が始まった。天正11年〈1583〉ころには壮大な寺観が整ったといわれる。常住坊はその塔頭の一つで、永禄9年〈1566〉冬に造立された。賢昌はその住僧であった。利休に茶を学んだといわれる。この書状は、茶友源三(伝不詳。文面から当時は京都に居住していたと思われる)に宛てたもの。茶会に招かれた時に拝見した名物の掛物を称賛し、大坂下向の際に、返礼として堺における自らの茶会に招待せんとしたもの。「一書啓せしめ申し候。先日は御茶下され、殊に名物の一軸拝見申し候事、忝なき次第に候。春辺りには大坂へ御下り候由、堺へも待ち奉り申し候。御宿をも申し候。御茶申すべく候。尚、玄斎(未詳)仰せらるべく候。多筆あたわず候。恐惶謹言。極月(12月)二十四日常住坊賢昌/源三様人々御中」
一書令啓申候先日者御茶被下殊名物之御一軸拝見申候事忝次第候春邊者大坂へ御下候由堺へも奉待申候御宿をも申候御茶可申候尚玄斎可被仰候不能多筆候恐惶謹言常住坊極月廿四日賢昌(花押)源三様人々御中
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Priest Kensho
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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