片桐石州筆書状

- 人物
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作者片桐石州
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- カタギリセキシュウヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
片桐石州〈かたぎりせきしゅう・1605-73〉は、江戸時代前期の大名茶人。名は貞昌(さだまさ)だが、ふつうは、寛永元年〈1624〉に叙任した石見守(いわみのかみ)の略称である「石州公」を通称する。同4年、父貞隆の遺領を継いで大和小泉(奈良県大和郡山市中西部)藩主となった。幕府の命により京都・知恩院の普請奉行となって上洛し、小堀遠州や金森宗和、松花堂昭乗などと茶道を通じて親交をもった。茶道は千利休門下の桑山宗仙〈くわやまそうせん・1560-1632〉に学び、のちに石州流の一派を立てた。小堀遠州のあとをうけて、徳川将軍家の茶道師範となる。これにより、茶道六宗匠(村田珠光・武野紹鴎・千利休・古田織部・小堀遠州・片桐石州)の一人となった。武家茶道の大家であり、かつ庭園にも優れた見識をもったことから、石州好みの庭園も知られている。これは、長崎煙草(長崎産のタバコ)の赤色(褐色)のものを紙に包んで届けてほしいと注文したもの。宛名の山田左衛門は、タバコを扱う商人であろう。タバコの喫煙は紀元前から中央アメリカのインディオに始まるとされる。15世紀末にコロンブスによって世界に伝えられた。当初は薬草として栽培されたものが、やがて嗜好品としてヨーロッパ各国に広まり、日本にはスペイン・ポルトガルの南蛮船によって将来された。永禄~天正年間〈1558~92〉のころといわれる。同時に喫煙の習慣も始まったとされるが、慶長年間〈1596~1615〉にはすでに各地でタバコをふかす姿がみられ、長崎では、すでにタバコの栽培が始まっていたようである。この石州の書状がそれを裏付けている。卒然と書き流した、きわめて短い一通ながら、日本におけるタバコの伝播を知る貴重な遺墨である。「長崎煙草、色の赤き方、紙に包み相越すべく候。かしく。二十二(日)山田左衛門殿参る (花押)」
長崎たはこいろのあかきかたかミにつゝミ可相越候かしく廿二山田左衛門殿まいる(花押)
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Katagiri Sekishu
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
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