蒔田広定筆書状
- 人物
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作者蒔田広定
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- マイタヒロサダヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
蒔田広定〈まいたひろさだ・?-1636〉は、桃山時代から江戸初期の武将。従五位下・左衛門権佐。尾張国織津に生まれ、豊臣秀吉に仕えた小姓頭衆の一人。父広光〈ひろみつ・1533-95〉の遺領伊勢国雲出一万石を継ぐ。千利休〈せんのりきゅう・1522-91〉自刃の節、介錯をした人。関ヶ原の戦の後は、徳川家康に仕え、大坂冬・夏陣以後は秀忠の御伽衆に加えられ、元和元年〈1615〉・寛永9年〈1632〉の秀忠・家光の上洛の際には供奉している。この書状は、大名茶人織田有楽〈おだうらく・1547-1621〉に宛てた返書。今晩日が暮れてから参上するが、息子(広定には、広正・長広・次広・正之の4人の息子がいるが、誰を指すかは不明)を同道するので、迎えは無用と申し送っている。「内々、是れより書状を以って御礼申し上ぐべくと存じ候処、尊書忝なく拝見仕り候。内々申し上ぐ候如くに、今晩の儀、日暮れ候てより参上仕るべく候。御乗物まで及び申さず候間、御無用に候。倅、進大夫召し連れ伺公仕るべく候。恐惶謹言。/尚々、昨日御理り申し上げ候如に候間、日暮れ候てより参上仕るべく候。近比、々々、慮外の外、思し食さるべく候へ共、昨日申し上げ候通りに候間、其の段御免成さるべく候。以上。三月十九日広定」
尚/\昨日御理り如申上候ニ候間日暮候て参上可仕候近比/\慮外之外可被思食候へ共昨日申上候通ニ候間内々自是以書状御礼可申上候と存候其段可被成御免候以上処尊書忝拝見仕候内々如申上候今晩之儀日暮候て参上可仕候御乗物迄及不申候間御無用ニ候せかれ進大夫召連伺公可仕候恐惶謹言三月十九日広定(花押)蒔田権佐進上有楽様広定尊答
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ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Maita Hirosada
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
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