良瑜筆書状
- 人物
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作者良瑜
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- リョウユヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
良瑜〈りょうゆ・1333-97〉は南北朝時代の天台宗の僧。摂政関白二条兼基〈にじょうかねもと・1266-1334〉の子。はじめ山城国実相院に入り、のち近江園城寺(三井寺)に移って良慶(りょうけい)・道瑜(どうゆ)について顕・密の二教を学んだ。その後、同寺の長吏を3度(108・112・120世)務め、同寺常住院に住し、大僧正となる。熊野三山検校・新熊野検校・四天王寺別当・平等院執行などを歴任した。冒頭に「三壇」とあるのは、宮中で不断に修する三壇修法のこと。如意輪供は延暦寺、延命法は東寺、不動法は園城寺の護持僧がつとめた。これは、園城寺の僧良瑜が、それを辞退した際に、加階を代わりに、奉仕をすすめられた時の返事。宛名が省略されている。三壇御修法の本尊の画像は、上古以来、宮中絵所において画進したことを述べ、園城寺は不動明王画像を本尊とすることを答えている。「三壇惣々辞退の時、加任まで仰せられ候と云々。日数は除目入眼の日を結願に当てられ候て、一七日(7日間)或いは二七日(14日間)など仰せられ候。微望達せず、或いは又、超越の人々、怨心を宥されんがために、事を行われ候。又、三壇の御本尊の事、上古自り今度に至り、公方の為に絵所に仰せられ、図絵せらるる事に候。本尊は、三門(延暦寺)不同(動)に候。寺門(園城寺)は是れも大略は不動に候。御甘心事は申すに及ばず候。只今客来の事に候間、委細に及ばず候。恐々謹言。十一月二十六日良瑜」
三壇惣々辞退之時加任まて被仰候云々候日数ハ除目入眼日を結願に被当候て一七日或二七日なと被仰候不達微望或又超越人々怨心を為被宥被行事候又三壇御本尊事自上古至今度為公方被仰絵所被図絵事候本尊ハ三門不同候寺門ハ是も大略不動ニ候御甘心事ハ不及申候只今客来事候間不及委細候恐々謹言十一月廿六日良瑜
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Priest Ryoyu
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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