里村玄陳筆書状
- 人物
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作者里村玄陳
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- サトムラゲンチンヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
里村玄陳〈さとむらげんちん・1591-1665〉は、江戸初期の連歌師。不厭斎とも号した。里村北家初代玄仍(げんじょう)の子、紹巴(じょうは)の孫にあたる。母は、昌叱(しょうしつ・里村南家の祖)のむすめ。連歌の名門の血脈を受け継ぎ、当代一流の連歌師として活躍、法眼和尚位(ほうげんかしょうい)に叙せられている。宛名「宗白」は不明ながら、陽明様、すなわち近衛信尋〈このえのぶひろ・1599-1649〉の御指名により、茶会への同伴を誘ったもの。姫宗和と美称された茶人・金森宗和〈かなもりそうわ・1584-1656〉も同道するという。返し書きにみえる「南禅寺伝長老」とは、以心崇伝〈いしんすうでん=金地院崇伝・1569-1633〉のこと。崇伝が寛永10年〈1633〉正月に65歳で没していること、また宗和が「宗和老」と呼ばれる年齢に達していることなどを勘案すると、この書状は、寛永8、9年頃のものと推察される。玄陳41~42歳、信尋33~34歳、宗和48~49歳であった。この筆跡は、典型的な定家流。古来、連歌師は冷泉家とともに定家の筆跡を尊重した。玄陳もその例にもれず、定家流を掌中していたことを証明する遺墨である。「一書啓上せしめ候。仍って明後十六日の昼、陽明様御成りに候。供候。仕り候。然らば、貴老(宗白)御相伴にと仰せ出だされ候。御透(隙)においては御出待ち奉り候。定めて陽明様よりも仰せらるべくと存じ候。金(森)宗和老へも御出候へと申し越す間、御同道忝なかかるべく候。猶、貴面の時を期し候。恐惶謹言。/尚々、今日も南禅寺伝長老御出故、取り紛れ候。仍って参上申し上げず候。以上。五月十四日玄陳(花押)/宗白様人々御中/不厭斎玄陳」
尚々今日も南禅寺伝長老御出故取紛候仍参上不申上候以上一書令啓上候仍明後十六日之ひる陽明様御成に候供候然者貴老御相伴ニと被仰出候於御透者御出奉待候定而陽明様よりも可被仰と存候金宗和老へも御出候へと申越間御同道可忝候猶期貴面時候恐惶謹言五月十四日玄陳(花押)不厭斎宗白様人々御中玄陳
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グループのオブジェクト
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Satomura Genchin
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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