後京極良経筆書状
- 人物
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作者後京極良経
- 年代
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制作年 AD13
- タイトル
- ゴキョウゴクヨシツネヒツショジョウ
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
後京極良経〈ごきょうごくよしつね・1169-1206〉は藤原忠通〈ふじわらのただみち・1097-1164〉の孫で、九条兼実〈くじょうかねざね・1149-1207〉の二男。内大臣、左大臣を歴任して、34歳で摂政、36歳には従一位・太政大臣を極める。有能な政治家である一方、当代を代表する文化人であった良経は、伯父にあたる慈円僧正〈じえん・1155-1225〉が『愚管抄(ぐかんしょう)』において折紙をつけているように、漢詩・和歌ともに抜群の才を謳われた。また、その書は、祖父忠通の「法性寺(ほっしょうじ)流」を自家薬籠中とする。重厚にして腰高でスマートな書風は当世に迎えられ、後世、「後京極流」と呼ばれる書流を形成した。この書状は、元久元年〈1204〉4月1日、良経の二男教家〈のりいえ・1194-1255。このとき11歳〉の元服の儀式に際し、「主上」すなわち土御門天皇〈つちみかどてんのう=為仁親王・1195-1231。このとき10歳。翌2年12月15日に元服)が風邪気味のため、冠者(元服して冠をつけた少年。すなわち教家のこと)の天皇御前への参内を中止すべきか否かの是非を相談したもの。これにつき、延久4年〈1072〉正月25日に元服した二条殿(藤原師通〈もろみち・1062-99〉・叙位五位上)の時、一品宮(白河天皇妹・斎宮俊子内親王〈としこないしんのう・1056-1132〉)の不例によって(『為房卿記』)御前の参内がかなわなかったその先例に従うべく、権大納言に指示したものである。時に、良経は左大臣(36歳)、宛名の権大納言は春宮大夫を務めていた藤原忠経〈ただつね・1173-1229。このとき32歳〉のこと。当時の宮廷公家社会は、常に先蹤故事に先例を求めながら儀事を進めるのは常のことで、この場合も、不測の事態出来には、当然ながら過去の事例を探り、故実に照合踏襲して挙行されたのだった。「主上御風、仍って明日、冠者を御前に召すの儀、叶うべからず候。其の間の事、何様侍るべきか。延久、二条殿御元服の時は、一品宮不例、御前に召さざるの由、日記に見ゆ。彼の例を追うべきかの由、申し合わすべきの旨、彼の御方より仰せ侍るなり。左右あるべからざる事か。不具謹言。(花押)/権大納言殿」
主上御風仍明日召冠者於御前之儀不可(叶候)其間事何様可侍乎延久二条殿御元服之(時者)一品宮不例不召御前之由見日記可追彼例歟之由可申合之旨自彼御方仰侍也不可有左右事歟不具謹言(花押)権大納言殿
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Gokyogoku Yoshitsune
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 付属品
- 二重箱/封筒/添状/読み下し
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