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心越興儔筆漢詩

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD17
タイトル
シンエツコウチュウヒツシキシ
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-002278-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き アート フォント モノクロ スロープ

心越興儔〈しんえつこうちゅう・1639-1696〉は、江戸時代に来朝した中国明代の僧。曹洞宗寿昌派の祖。明国、杭州金華府の出身。8歳にして仏門に入り、呉門の報恩寺に身を投じたが、明朝滅亡・清朝興隆に際し、杭州の永福寺に隠棲した。これを聞いた長崎・興福寺の住持澄一道亮〈ちんいどうりょう・1608-92〉に招かれ、延宝五年〈1677〉長崎に来日した。早々に讒言により捕らわれ幽閉される憂き目にあうが、水戸藩主徳川光圀〈とくがわみつくに・1628-1700〉の奏請により難を逃れた。天和3年〈1683〉水戸に下って天徳寺に住し、寺名を祇園寺に改称し、その開山となった。元禄五年〈1692〉祇園寺に開堂すると、訪ねる者は一万四千人にのぼったといわれる。詩才豊かな学僧で、金沢八景の命名者としても知られる。書画・篆刻に長じ、多数の作品を残す。また、七絃琴を能くするなど、極めて多芸であった。詩文・書画には東皐(とうこう)の号を多く用いた。これは、珍しく隷書の作品。中国書道史における隷書の伝統書法を学んだ跡を思わせる。また、隷書に巧みであった石川丈山〈いしかわじょうざん・1583-1672〉の書に共通する。出典は不明ながら、内容から中国古代の漢籍からの引用と思われる。書名の中に見える「杜多(ずた)」は、梵語の当て字で、僧の意。「義、長幼を分かつ。義、君臣を分かつ。これを道(い)い、行わず。しかして、その身浄し。東皐越杜多」

義分長幼義別君臣道之不行而潔其身東皐越杜多

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-002278-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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所管
斯道文庫
キャンパス 三田
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美術

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オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Shikishi by Shin-etsu Kotchu

物理的特性

重量と数量
員数 1枚

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タイトル(英題)
Shikishi by Shin-etsu Kotchu

物理的特性

重量と数量
員数 1枚