因果居士筆天神名号
- 人物
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作者因果居士
- 年代
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制作年 AD16
- タイトル
- インガコジヒツテンジンミョウゴウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
因果居士〈いんがこじ・1525-1617〉は、京都洛北細川村に住み、みずから「金華山瀧下十界因果居士」と号し、書・和歌・茶の湯に通暁したという。詳しい伝記については不明。天正7年〈1579〉5月27日、織田信長が安土城下の浄土宗厳浄院(ごんじょういん)で行わせた浄土宗と法華宗の問答の際、因果居士は判者の一人として列席しており、この問答に関する因果居士自筆の記録『安土問答』(あづちもんどう・前田育徳会蔵)が残っている。小瀬甫庵〈おぜほあん・1564-1640〉の『信長記(しんちょうき)』には「八宗兼学したる烏髪(有髪)の僧」と記されており、彼が当時、各宗義に精通した人物として知られていたことがわかる。自由奔放で力強い特異な筆跡は、書道史に異彩を放つものである。平安時代以来、京都の貴族社会を中心に御霊信仰(天神菅原道真のように非業の死を遂げたものの霊を慰め、祟りを鎮めようとする信仰)が広がる。鎌倉時代に入ると、いっそう活溌化して、天神名号(一行書)を奉懸して、礼拝信仰する形式が盛んとなる。因果居士によるこの天神名号は、その信仰形態が仏門にまで及んでいたことを示す貴重な遺品。
南無天満大自在天神金華山十界因果大居士筆施 (印)(印)
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Calligraphic Talisman of Tenjin’s Name by Inga Koji
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
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