住吉社歌合切
- 人物
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作者伝寂蓮
- 年代
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制作年 AD12
- タイトル
- スミヨシシャウタアワセギレ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
住吉社歌合(すみよししゃうたあわせ)は、嘉応2年〈1170〉10月9日、散位(位階だけあって官職がない)・従五位上藤原敦頼〈ふじわらのあつより=道因・1090-?〉が主催し、摂津住吉社に奉納された。判者は藤原俊成〈としなり・1114-1204。当時57歳〉。これはその歌合の題「社頭月・旅宿時雨・述懐」のうちの、「述懐」の三番と四番の左右歌および判詞を含む部分。今日、「住吉社歌合」は、題目「社頭月」の断簡5葉が伝存しているが、これらはすべて、金銀の小切箔・砂子を霞引きにした装飾料紙に書写されるものである。しかしながら、この断簡の部分は装飾がなく、また、四番一首目の脚注に「在注」(注記ありの意)の記載があることを考え合わせると、装飾本が当該歌合の清書奉納本であって、こちらはその筆者手控本にあたるものではなかったか。この歌合切の筆者を寂蓮〈じゃくれん・?-1202〉と伝えるが、むしろ「二荒山本後撰和歌集」「今城切本古今和歌集」などにみられる藤原教長〈のりなが・1109-80〉の筆跡と類似する。教長の弟頼輔〈よりすけ・1112-86〉がこの歌合に散位・従四位上藤原朝臣頼輔の名で出詠していることから、その由縁で、当代屈指の能書教長が清書にあたった可能性は高い。
三番左持 経盛朝臣あはれとやかみもおもはむすみのえのふかくたのみをかくるみなれば右 頼輔朝臣たのみつるこのひとむらの人ごとにちとせをゆづれすみよしのまつ左歌ふかくたのみをなどいへるわたりよろしといひつべし右歌のこのひとむらはこのたびのうた人をいへるにや又たゞわがひとついへのやからにやいかにもともにたのむこゝろあさからずみゆれば又持と申べし四番左 小侍従あくがるゝたまとみえけむなつむしのおもひはいまぞおもひしりぬる在注 右勝 実守朝臣いはずともおもひはそらにしりぬらむあまくだりますゝみよしのかみ左歌こゝろふかゝらむとはみえたりたゞしこれはかの和泉式部がさはのほたるもわがみよりといへるうたをおもひてよめるなるべしさらばあくがるゝたまとほたるをおもひけむなどやうにあらばこそいづみしきぶがおもひをしるにては侍らめこれはたまとみえけむなつむしのといひつればなつむしのおもひをおもひくるにてぞきこゆるさらばかのかつらのみこによみてたてまつりけるみよりあまれるおもひ なりけりといへるうたのこゝろにぞかなひぬべきさてはまたあくがるゝたまとみえけむといへることばゝたがふべくや右歌はことにことばづかひなどえんにはあらねどおもひはそらにといひてあまくだりますなどいへるゆへありてきこゆ右のかちとすべくや
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Segment from Sumiyoshi-Sha Uta-awase
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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