銅製経筒(天仁二年銘)
銅鋳製で、傘蓋作りの円筒形経筒。蓋の盛り上げの曲線が優美で、被せ蓋形式(印籠式に蓋と身が合わさる)につくる。身筒の中央やや下方に二重の装飾突帯をめぐらし、底部には縁をもうけ安定感を示す。胴部には「妙法蓮華経一部十巻阿弥陀経巻天仁二年癸丑十月十一日壬午願主僧定厳」の銘文が刻されている。平安朝特有の和様の書体が優雅で美しい。願主定厳(伝未詳)が、『法華経』8巻に開(『無量義経』)・結(『観普賢経』)を加えて10巻とし、さらに、『阿弥陀経』1巻を加えて書写する。この経典は、仏が西方極楽浄土の荘厳の様子を説き、六方諸仏がこれを証し、念仏称名をすすめるものである。定厳みずからが、これら11巻の書写功徳によって、極楽往生を願う心が明らかである。同類の遺品が北九州の経塚から出土しており、この経筒も同様に北九州の出土と考えられる。
[銘文] 妙法蓮華経一部十巻/阿弥陀経一巻/天仁二年〈己/丑〉十月十一日/壬午/願主僧良厳
11世紀後半から12世紀末の平安末期、列島各地では経文を書写し地中に埋納した経塚が盛んに造営された。埋納品には紙本経や滑石経などの経典類、紙本経を納めた経筒(銅製・陶製・石製)がみられ、末法思想の影響を受けて、弥勒如来の下生を待望するものや、現世利益・極楽往生・追善供養などの願意が込められる。経典は、「経は法華経、さらなり」(『枕草子』)と当時最も尊重された法華経が多く書写され、その他に金剛頂経・無量義経・阿弥陀経なども知られる。経塚は古代以来の社寺や地域の聖地・霊場の山頂に築かれることが多く、とりわけ京・畿内と九州が列島での二大造営地であった。
本資料の経筒も詳細は明らかではないが、九州の出土品と伝えられる。蓋部は笠形の被蓋形式をとり、頂部には宝珠紐を設ける。筒身の中段には二条の凸線紐帯がめぐらされ、陰刻された紀年銘「天仁二年」は、12世紀初頭に集中する全国的な経塚造営の流行年次傾向を踏まえると、おおよそ齟齬はなかろう。願主良厳の事蹟は詳らかでないものの、妙法蓮華経・阿弥陀経の計11巻を書写する功徳により、彼自身の極楽往生を期したものである。(渡邊)
[参考文献]小田富士雄「九州の経塚」『仏教芸術』76号、1970年7月/村木二郎「近畿の経塚」『史林』81号、1998年3月
文字景 —— センチュリー赤尾コレクションの名品にみる文と象」展(2021.4 慶應義塾ミュージアム・コモンズ)図録 掲載
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Sutra Case (Cast in 1109)
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1口
来歴
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