狩野常信筆富士図(裏松意光賛)

- 人物
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作者狩野常信賛者裏松意光
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- カノウツネノブヒツフジズ(ウラマツオキミツサン)
- 材質・技法・形状
- 絹本墨画
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- ミュージアム・コモンズ キャンパス 三田
富士山を描くことは、名所絵の主題あるいは宗教説話・物語絵のなかに取り入れられたりしながら、古くは平安時代から始まった。富士信仰(富士を霊山と崇める信仰。原始時代に遡るとされる)とも密接な関係がある。富士の形姿・図様はさまざまであるが、本図のように山頂を3つの峰に描く形式は、南北朝から室町時代初期以降に生まれた定型で、富士山本宮浅間神社のある静岡県富士宮市から見られる富士の姿が基となっているという。大和絵に見られる富士図や室町時代以降に流行する水墨で描かれる富士図に多く見られる。本図は、雪をかぶる富士の姿を直接に線描せず、墨をつけない部分で表現する技法を用いている。狩野探幽とともに木挽町狩野家(江戸幕府の御用絵師で、奥絵師四家のひとつ)の基礎を築いた狩野尚信の長男・狩野常信〈かのうつねのぶ1636-1713〉の筆になる。常信は、通称は右近、養朴・古川叟・寒雲子などを号した。慶安3年〈1650〉に父のあとを継ぎ、その後の狩野派の地位を確固たるものとする業績を残した。きわめて小さい空間に見事に富士を描く。その上に、烏丸家より出た公卿、裏松意光〈うらまつおきみつ・1652-1707〉の和歌の賛が加えられている。絵の情景に合わせてて詠んだ和歌といい、小色紙に近い大きさから、特別誂えによる作品と思われる。箱書付は、意光の子・益光の筆になる。「常信書す/言の葉の及ばぬ山をいかで描く筆にはみせじ雪の富士の嶺意光」
常信書(印「寒雲子」)ことのはのをよはぬ山をいかでかく筆にはみせし雪のふじのね意光
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Mt.Fuji by Kano Tsunenobu
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
- 材質・技法・形状
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材質 紙本に絹本貼付
- 付属品
- 書状1通/手書きのメモ
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