柿本人麿像
歌仙信仰の長い歴史の中で、柿本人麿は歌道の聖として崇められ、人々からひときわ高い信仰を集めてきた。以来、人麿を祀る人麿影供(人麿供とも)が生まれた。これは、歌会において、床に人麿の画像を掛け、歌聖柿本人麿を供養する儀礼で、歌道の向上を願い、あるいは歌会の成功を祈ったのである。平安時代・12世紀から起こった風習である。本図は、その人麿影供に常用したもので、数多い人麿像の中でも、比較的古い遺品である。上畳に坐し、萎烏帽子・直衣姿の人麿が立て膝で座り、前に硯箱を置き、筆と料紙を両手にして歌を按ずる図様に描く。人麿画像の類型の構図である。上方には、右から紫・茶・白・緑・紫色に地塗りされた5枚の色紙形に人麿の伝歴を書写する。その賛文は、書博士藤原敦光の起草になる文である(『本朝続文粋』十一・『古今著聞集』所載)。その右下の変形縦長の緑・朱地の色紙形には、人麿の詠歌が2首書写される。1首目は『古今和歌集』(仮名序・巻第六(冬歌))および『拾遺和歌集』(巻第一)に、2首目は『古今和歌集』(巻第九)に、それぞれ人麿の詠歌として収められるものである。人麿の容姿、とりわけ面貌のきめ細やかな描写は、非凡の絵師の手になるものを思わせる。
柿本朝臣人麿□□并序大夫姓柿下名人麿盖上世之哥人也仕持統文武之聖朝遇新田高市之皇子吉野山之春風従仙駕献寿明石浦之秋霧思扁舟瀝詞誠是六義之秀逸万代之美談者歟方今依重幽玄之古篇聊伝後素之新様因有所感乃作讃焉其辞曰和謌之仙受性于天其才卓爾其鋒森然三十一字詞華露鮮四百余載(歳)来葉風伝斯道宗匠我朝前賢温而無滓鑽之弥堅鳳毛少景麟角猶専既謂独歩誰敢比肩むめのはなそれともみえずひさかたのあまぎるゆきのなべてふれゝばほのぼのとあかしのうらのあさぎりにしまがくれ行ふねをしぞ思
万葉歌人柿本人麿の画像を掲げ、和歌の上達を祈る人麿影供(ひとまろえいぐ)は、元永元年(1118)に始まった。鎌倉時代以降には、影供を名乗らない歌会でも、人麿画像を掛けることが一般化していく。それに伴って、像容も多種多様なものが生み出されている。本幅は立て膝をして紙と筆を持つ歌を案じる風情のもので、左を向く点で珍しい。上畳や御簾など束帯天神像との共通性も高く、神格化の進んだ像でもある。御簾下の色紙形の上段には、初度の影供で藤原敦光が作した「柿本朝臣人麿画讃幷序」が、下段には「むめのはなそれともみえ/すひさかたのあまきる/ゆきのなへてふれゝは」・「ほの〈ほの〉とあかしのうらの/あさきりにしまかくれ/行ふねをしそ思」の、人麿影に付き物の伝承歌が、能筆によって記されている。背後は明石浦の景であろうか。2019年に京都国立博物館で開催された「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」展にも出品された優品である。(佐々木孝浩)
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Portrait of Kakinomoto no Hitomaro
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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