束帯天神像
- 人物
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賛者二条為重
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- ソクタイテンジンゾウ
- 材質・技法・形状
- 絹本着色
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- ミュージアム・コモンズ キャンパス 三田
左大臣藤原時平〈ふじわらのときひら・871-909〉の讒訴によって、配所の筑紫国(福岡県)大宰府に左遷、同地で不遇の死を遂げた菅原道真〈すがわらのみちざね・845-903〉の怨霊を鎮めるためにおこった天神信仰は、長い歴史の中で多くの絵画遺品を生み出した。天神画像は、礼拝像として描かれた道真の絵姿で、その形式は、束帯天神(笏を手に帯剣した文官の正装である束帯姿で描かれるもの)と、渡唐天神(冠をつけ中国の道服姿で梅の一枝を手挟んで立つもの)とに大きく二分できるが、典拠とした説話や、背景となった天神信仰の性格の変容などによって、さまざまなヴァリエーションがある。本図は、上畳の上に右斜めを向いて坐し束帯天神像。剥落して不鮮明ではあるが、眼を見開き、歯をあらわにした、怒天神の様相に描かれる。これは怨霊あるいは火雷天神として畏怖された名残であると考えられ、この時代の天神図にみられる特徴のひとつ。頭上の3色の色紙形には、漢詩2首、和歌1首が書写される。1首目は、道真が太宰府に流される途上に詠んだとされる五言絶句(『菅家後集』所収)。2首目は、配流にあたり、道真が自邸の紅梅に別れを告げた歌(『拾遺和歌集』巻第十六・雑春)。3首目の七言絶句は、後人の擬作。いずれも天神画像の賛にしばしば見られるもの。賛者の二条為重〈にじょうためしげ・1334-85〉は、南北朝時代の公卿・歌人で、将軍足利義満の和歌の師をつとめるなど、二条家最後の歌道師範として活躍した。書は、世尊寺流(藤原行成の書を規範として同家代々の当主によって継承された伝統的和様の書風)をよくした。紙背には、得勝寺(不明)南坊良空の手による裏書あり、永正14年〈1517〉9月6日、この天神一補(=幅)を寄進したということが示されている。「家を離れて三四月、落つる涙は百千行、万事皆夢の如し、時々彼の蒼を仰ぐ。/東風吹かば匂ひをこせよ梅の花主なしとて春を忘るな/昨は北闕に悲しみを被る士為り、今は西都に恥を雪む尸(屍)と作る、生恨死しての歓其れ我を奈せん、今は須く皇基を護るに足らんことを望むべし。」
離家三四月、落涙百千行、万事皆如夢、時々仰彼蒼、こちふかばにほひをこせよ梅のはなあるじをなしとてはるをわするな昨為北闕被悲士、今作西都雪恥尸、生恨死喜其吾奈、今須望足護皇基
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Image of Tenjin
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 付属品
- 巻止
来歴
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