聖徳太子孝養像
聖徳太子〈574-622〉は、推古天皇の摂政として、官位十二階・十七条憲法の制定、新しい国家体制の基礎となし、遣隋使の派遣による大陸文化の導入、さらには深く仏教に帰依して四天王寺・法隆寺を建立するなど、古代の政治・文化に偉大な功績を残したことで、わが国歴史上最も著名な人物の1人である。死後まもなくして、その遺徳をしのび礼拝・供養する聖徳太子信仰が起こり、日本仏教の祖として、時代・宗派を超えて篤く信奉された。まず、中納言藤原兼輔が、延喜17年〈917〉に『聖徳太子伝暦』(2巻)を編んだ。これは、太子の事跡を編年体に叙述したもの。太子受胎の伝説から薨去まで、太子の生涯にわたる。さらに大化改新(645年)や太子一門・蘇我氏の滅亡まで含んでいる。延久元年〈1069〉には絵師秦到貞によって『聖徳太子伝暦』を絵画化した障子絵が作られるなど、これに準拠した彫刻や画像・絵伝がつぎつぎに制作された。なかでも太子絵伝は、四天王寺絵堂の壁画、法隆寺絵殿の障子のほかに、絵巻や掛幅など、さまざまな形式で制作された。本図は、太子孝養像の一種で、太子16歳の絵姿。父用明天皇の病気平癒を祈る姿を表わしたとされるもの。髪を美豆良(古代男子の髪型の一種。頭髪を左右に分け、これを束ねて耳のあたりで結ぶ)に結い、袍の上に袈裟を着けた童形で、両手で柄香炉を持つ立像という典型的な姿に描かれている。装飾性の強い豪奢な色彩や台座・香炉の形から、室町時代・15世紀の制作と思われる。また、二重の框座(かまちざ)に乗る画像は珍しい。
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Portrait of Shotoku-Taishi
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 付属品
- 太巻
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