耳底記

- 人物
-
作者烏丸光広
- 年代
-
制作年 慶長三−七年 (1598−1602)
- タイトル
- ジテイキ
- 寸法
- 23.3×20.3
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
中世の歌学を江戸時代に伝えた、高名な武将歌人細川幽斎(1534–1610)の歌道の教えを、弟子の公家烏丸光広(1579–1638)が、慶長三年八月から幽斎の田辺籠城を挟む同七年十二月まで、70回以上にわたって記録した聞書の自筆原本である。質素な茶表紙の中央に光広の手で「耳底記」と記され、裏表紙にも同筆で「一二記」とある。前遊紙裏に光広花押が書かれ、内題は「幽斎口義 光廣記之」とある。1丁目表のみ平仮名書きで、同丁裏以降は速筆できる片仮名書きである。墨色は転変して墨滅も目立ち、末尾に白紙も多く残るなど、原本の趣をよく示している。系統立たない雑多な歌話の集成であるが、幽斎の動静とともに、幽斎が学んだ三条西家の正統的な歌学思想がうかがえる貴重な資料である。
本書の「耳底記 光廣卿自筆」との箱書は、飛鳥井雅章(1611–79)筆と思われ、天理図書館蔵本の飛鳥井家蔵自筆本を写したとする安永五年(1776)の烏丸光祖奥書の記述と整合する。(佐々木)
[参考文献]大谷俊太『和歌史の「近世」─道理と余情─』ぺりかん社、2007年/
『耳底記』は細川幽斎(1534–1610)・烏丸光広(1579–1638)師弟の高名さもあって尊重され、写本も少なくなく、版本も寛文元年(1661)・元禄二年(1689)・同十五年(「和歌奥義抄」)本や数種の無刊記本などの多数を確認できる。公家関係の歌書が江戸前期に刊行された珍しい例として注目されるものである。
本書は伝本の多い、末尾に「林和泉掾開版」とのみある刊本である。初丁表の解題と凡例的な文章には、俗言は改めずに、片仮名は童蒙の為に平仮名に改めたこと、部分的な歌の引用を一首全体の形にしたこと等が記される。また自筆本の外題と花押を透き写しして「首に冠らしむ」とある通り、初丁裏にそれらが模刻されている。刊行に際して3巻に分かっており、本文冒頭に「耳底記巻之一(二・三)」との内題も加えられている。自筆本との最大の違いは、「光廣卿別紙」にあるという「詠歌制之詞」を追加していることである。自筆本との比較ができるように、一具として保管されてきたものである。(佐々木)
[参考文献]小松茂美『古筆学大成』第6巻、講談社、1989年
文字景 —— センチュリー赤尾コレクションの名品にみる文と象」展(2021.4 慶應義塾ミュージアム・コモンズ)図録 掲載
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識別情報
- タイトル(英題)
- Jiteiki
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1冊
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