Object

亀田鵬斎筆屏風(右隻)

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD19
タイトル
カメダボウサイヒツビョウブ
材質・技法・形状
紙本墨書
コレクション
所管
ミュージアム・コモンズ キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-001164-0001
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
手書き フォント アート モノクロ

亀田鵬斎〈かめだぼうさい・1752-1826〉は江戸時代後期の儒者。名は翼(すけ)、のちに長興(ちょうこう)、字は穉龍(ちりゅう)。鵬斎、善身堂の号をもつ。折衷学を井上金峨〈いのうえきんが・1732-84〉に学び、当時の官学である朱子学や、荻生徂徠〈おぎゅうそらい・1666―1728〉らの古文辞学派を排撃したが、折しも朱子学以外の学問を禁じた「寛政異学の禁」(寛政2年〈1790〉5月)が断行され、鵬斎は異端の筆頭と目されて弾圧を受けた。かれは、江戸の書家・三井親和〈みついしんな・1700-82〉に書を学び、殊に草書を得意とした。また、良寛〈りょうかん・1758-1831〉の人柄や書にも魅了され、越後訪問以後は次第にその書風に強い影響をうけた。これは、自詠の五言絶句十二篇を六曲一双に仕立て上げたもの。鵬斎には珍しく、整然とした行書体で一貫している。習書によって、伝統的な中国書法を身につけていたことを証明する作品である。

一月掩柴門草深人径滅不知花落盡戸外堆残雪竹林屋数間経年無客至中□白髪人能説前朝事広柳車中人異日何東守空伝魯朱家名字人知否曾作函関夷鶏鳴出孟豊古今猶未老来往少年場我愛江村晩家々醸白雲対門無処見鶏犬自相聞世事不足欲我従此去矣跨驢東都門一笠千山裏

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-001164-0001
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

画像
ライセンス

所管・分類など

所管
ミュージアム・コモンズ
キャンパス 三田
URL
基本分類
美術

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OPEN DATADESIGN

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オブジェクトの詳細

物理的特性

重量と数量
員数 六曲一双
付属品
包裂(黄袋)

物理的特性

重量と数量
員数 六曲一双
付属品
包裂(黄袋)