高山彦九郎筆一行書
- 人物
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作者高山彦九郎
- 年代
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制作年 AD18
- タイトル
- タカヤマヒコクロウヒツイチギョウショ
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
高山彦九郎〈たかやまひこくろう・1747-93〉は江戸時代後期の勤王家。奇行多く、蒲生君平〈がもうくんぺい・1768-1813〉・林子平〈はやししへい・1738-93〉とともに、「寛政の三奇人」と称される。名は正之、字は仲縄(ちゅうじょう)、彦九郎は通称。上野国(群馬県)に郷士の二男として生まれる。13歳の頃『太平記』を読み、建武中興の忠臣の志に感動し、勤王の志を立てたという。18歳の頃から京に上り、河野恕斎〈こうのじょさい・1742-79〉のもとで儒学を修めながら中山愛親〈なかやまなるちか・1741-1814〉ら公卿たちの知遇を得た。その後諸国を歴遊し、勤王の大義を唱える。寛政5年〈1793〉、九州遊説中に幕吏の追及を受け、筑後国(福岡県)久留米にて自刃。享年47歳。この一行書「誰道君王行」(誰か道う、君王、行路難しと)は、唐の詩人・李白〈りはく・701-762〉の「上皇西巡南京歌」と題する七言絶句(『唐詩選』『李太白詩集』所収)の一節である。安禄山の乱に際し、上皇(=玄宗皇帝〈げんそう・685-762〉)の蜀への避難を詠じたもので、その行路の無事と、蜀の人民の歓迎を詠み込んだもの。当時の唐様書道のなかでも異色の書風である。
(印)誰道君王行仲縄正之(印「高山正之」)(印「仲縄」)
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Single-line Calligraphy by Takayama Hikokuro
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
- 材質・技法・形状
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材質 紙本墨書
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