貫名海屋筆一行書
- 人物
-
作者貫名海屋(菘翁)
- 年代
-
制作年 AD19
- タイトル
- ヌキナカイオクヒツイチギョウショ
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
貫名海屋〈ぬきなかいおく・1778-1863〉は江戸時代後期の儒者・書家・画家。はじめ吉井氏を称し、のち本姓の貫名氏に復した。名は苞(しげる)、字は子善(しぜん)・君茂(くんも)。海屋・海仙・海玄・林屋・須静堂などを号したが、晩年はもっぱら菘翁(すうおう)を用いた。はじめ書を西宣行(にしのぶゆき)、画を狩野派の絵師・矢野典博(やののりひろ)に学び、のち南宗画に転じた。壮年になり、高野山にて空海の筆跡に出会ったことが契機となって、内外先人の名跡を歴訪、模倣によって習書に励んだ。唐様一辺倒の当時において、唐様の中にも日本古来の書法をも取り入れ、独自の書風を打ち立てた。ここに書家としての名声が一段と高まり、晩年は市河米庵〈いちかわべいあん・1779-1858〉・巻菱湖〈まきりょうこ・1777-1843〉とともに「幕末三筆」と称された。明治時代には、日下部鳴鶴〈くさかべめいかく・1838-1922〉・巖谷一六〈いわやいちろく・1834-1905〉らの称賛を受けて喧伝され、以後の書壇に大きな影響を与えた。この語は、中国清初の画家・南田(惲寿平)の画論に「筆有り墨有るは之を画と謂う、韻有り趣有るは之を筆墨と謂う、風流瀟灑は之を韻と謂う、変を尽くし奇を窮むるは之を趣を謂う」とあるところに拠る。さらにこの語は、椿椿山〈つばきちんざん・1801-1854〉と渡辺崋山〈わたなべかざん・1793-1841〉の問答にも登場する、当時の文人画の要諦の一つであったようだ。海屋にとっても心引かれる言葉であったと思われる。86歳、最晩年の執筆ながら、堂々とした気概にあふれた筆致は見事である。
(印)風流瀟灑八十六 菘翁(印「君茂氏」)(印)
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Single-line Calligraphy by Nukina Kaioku
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
- 材質・技法・形状
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材質 紙本墨書
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