近衛家煕筆赤壁賦
- 人物
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作者近衛家煕
- 年代
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制作年 AD18
- タイトル
- コノエイエヒロヒツセキヘキノフ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
近衛家熙〈このえいえひろ・1667-1736〉は江戸時代中期の公卿。関白基熙〈もとひろ1648-1722〉と後水尾天皇の皇女常子(つねこ)内親王との間に生まれた。関白・摂政を歴任し、44歳のとき太政大臣に至る。59歳で剃髪、法名を真覚(しんかく)とし、予楽院(よらくいん)と号した。藤原氏の嫡流で五摂家の筆頭である近衛家は、近衛流(三藐院流)の祖であり、「寛永三筆」の一人に数えられる近衛信尹〈のぶただ・1565-1614〉をはじめ、信尋〈のぶひろ・1599-1649〉、尚嗣〈ひさつぐ・1622-1653〉、基熙と代々能書を輩出した。とりわけ家熙は、父基熙の影響を受けて平安朝の名筆に惹かれ、上代の和様の書を収集・臨写することに情熱を傾けた。御家流(青蓮院流・尊円流とも)や唐様がもてはやされる中にあって、近衛家の蔵した名筆を手本に上代様を学んで、復古和様を完成させた。その書は予楽院流と呼ばれる。「赤壁賦」は、北宋の蘇軾〈そしょく・1037-1101〉が元豊5年〈1082〉に詠んだ詩。本来赤壁とは中国湖北省嘉魚県にある長江の南岸で、三国時代に孫権・劉備の連合軍が曹操を破った古戦場である。しかし蘇軾が、湖北省黄岡県の長江左岸の赤鼻山を、赤壁と誤って詠じたのがこの「赤壁賦」である。天地の長久と人の世の短さを対比させ、自然の美しさに対する喜び、感動を記している。7月に絶壁の下に舟を浮かべ前編(前赤壁賦)を詠み、10月に再遊して後編(後赤壁賦)を作った。これは、前赤壁賦を書写したもの。家熙は、江戸時代初期の本阿弥光悦や烏丸光広らについで上代様の勃興を志し、折柄、御家流や唐様の全盛期にあって、独自に古筆の臨模による学書に励んだ。巻末の奥書に「福省の大紫毫を得、試しにこれを書す。西岸虚舟子」とある。福省(中国・福建省のことか)の大きな紫毫(深紫色の兎の毛筆)を手に入れたので、試しに書写した、という。家熙は享保10年〈1725〉12月、落飾して「予楽院真覚虚舟」と号している。よって、家熙59歳以降、晩年の執筆と知る。この作品にも見られる穏和な趣がかれ特有のもの。染紙や雲紙の美しい料紙に、典雅な和様の草書が見事に調和する。高貴の需めによる調度手本と思われる。
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- The Red Cliff Ode Poem Scroll by Konoe Iehiro
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1巻
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