山崎宗鑑筆詩歌巻断簡
- 人物
-
作者山崎宗鑑
- 年代
-
制作年 AD16
- タイトル
- ヤマザキソウカンヒツシイカカンダンカン
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
山崎宗鑑〈やまざきそうかん・?-1539?〉は、室町・戦国時代の連歌師。近江の人で、本名は支那範重、通称弥三郎。はじめ、9代将軍足利義尚〈あしかがよしひさ・1465-89〉に仕え、右筆としても活躍した。が、義尚の没後、武門を離れて出家。宗鑑と称し、明応年間〈1492~1501〉ころに山城国の山崎の地に草庵を構えていたことから山崎の姓に呼ぶ。飯尾宗祇〈いいおそうぎ・1421-1502〉、宗長〈そうちょう・1448-1532〉らと親しく交わり、連歌・俳諧など、文事に耽った。連歌の発句を独立させた5・7・5の17音で構成される、今日の俳諧の素地を築いた人物として知られる。この断簡は、宗鑑流と呼ばれる独特の癖のある書風で、漢詩一首と和歌一首分を書写する。漢詩は唐の詩人・李遠の「送人入蜀」(『三体詩巻』巻三所収)の一節(杜宇[ほととぎす]名を呼んで語る、巴江[揚子江のとくに山峡のあたりを指す]字に学んで流る)。和歌は、『歌枕名寄』所収の「ももの花さくややよひの三かの原(こづのわたりも今さかりなり)」(藤原光俊詠)の上の句に「(名にたかき秋のなかばの一夜川)ことわりしるくすめる月かな」(藤原顕氏詠)の下の句を合体させている。料紙に継ぎ目が見えないことから意識的にあわせたものと思われる。漢字と仮名の両方を兼ね備えるところから、もともと漢詩・和歌を恣意的に書き継いだ手習手本として揮毫したことが考えられる。料紙は和製の蠟箋。中国・北宋で作られた唐紙の一種で、平安時代に舶載されて、珍重された。具引きをほどこした紙を版木の上に置き、蠟状の物質で紙面をこすって文様を刷り出したもの。その後、日本ではそれに替わる技法として、空摺りの加工法が採られた。具引き紙を版木にのせ、蠟にかえて猪牙などの硬いもので紙の上をこすると光沢をおびた文様が現れる。それはあたかも蠟を引いたように見えたため、蠟箋と呼ばれた。この断簡の下絵には千年の長寿を保つといわれる鶴や、冬に枯れないことから不老のシンボルとされる松などが描かれ、中央には玄鹿を伴う寿老人があらわされる。
杜宇呼名語巴江学字流桃のはなさくややよひのみかの原ことはりしるくすめる月かな
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Segment of Poems Hand-copied by Yamazaki Sokan
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 材質・技法・形状
-
材質 料紙臘箋(松・鶴・鹿・仙人)
- 付属品
- 桐箱
Keio Object Hubでは、試験的な取り組みとして、AI(機械学習)を用いてキーワードを付与し、検索やフィルタリングに使用しています(AIサジェスト)。
初期ローンチ時は、Google Cloud の Vision APIを利用して、各オブジェクトの画像を解析し、自動的にキーワードを付与しています。