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島津家久筆短冊

Keio Object Hub
人物
年代
制作年 AD16
タイトル
シマヅイエヒサヒツタンザク
材質・技法・形状
紙本墨書
コレクション
所管
斯道文庫 キャンパス 三田
資料番号
AW-CEN-002175-0000
ライセンス
CC BY 画像ライセンス
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
基本分類
美術
AIタグ
工場 フォント アート 小枝

島津家久〈しまづいえひさ・1576-1638〉は、江戸時代初期の武将。義弘〈よしひろ・1535-1619〉の第三子で、兄2人の夭折により家督を継いだ。幼名米菊丸(よねきくまる)、初名は忠恒(ただつね)、通称は又八郎(またはちろう)。文禄・慶長の役では父と出陣し各地で功を挙げた。関ケ原の役では西軍方につき敗北するが、許され、慶長11年〈1606〉6月、徳川家康〈とくがわいえやす・1542-1616〉の偏諱を賜って家久と改名。慶長14年〈1609〉には幕府の内諾をうけて琉球に侵攻し、その領有を認められた。寛永元年〈1624〉からは妻子を江戸に送り、参勤交代制の先駆けとなる。秀吉・家康の寵幸を受け、近衛信尋〈このえのぶひろ・1599-1649〉など宮廷公卿とも親交の深かった家久は、学問を重んじ、和歌や連歌を好み、茶道や書道もよくしたという。寛永15年〈1638〉2月23日、63歳で没した。この短冊は「家久」の署名より、改名した31歳以降の筆跡とわかる。武将ながら、公卿伝統の書法を掌中にした堂々たる筆致は見事である。

残菊:空にみる星か籬の霜を経て冬に老せぬ宿の白菊家久

ライセンスなど

資料番号
AW-CEN-002175-0000
ライセンス
CC BY
クレジット表記

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

画像
ライセンス

所管・分類など

所管
斯道文庫
キャンパス 三田
URL
基本分類
美術

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オブジェクトの詳細

識別情報

タイトル(英題)
Tanzaku by Shimazu Iehisa

物理的特性

重量と数量
員数 1幅
材質・技法・形状
材質 紙本墨書

識別情報

タイトル(英題)
Tanzaku by Shimazu Iehisa

物理的特性

重量と数量
員数 1幅
材質・技法・形状
材質 紙本墨書