古筆了佐・了祐筆短冊(合装)
- 人物
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作者古筆了佐賛者古筆了祐
- 年代
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制作年 AD17
- タイトル
- コヒツリョウサ・リョウユウヒツタンザク
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
古筆了佐〈こひつりょうさ・1572-1662〉は、桃山~江戸時代初期にかけて活躍した古筆鑑定家。近江国西川(滋賀県彦根市)に生まれる。本姓は平沢、名を範佐(のりすけ)、通称弥四郎。後年、京に出て麩屋(ふや)と号し、出家後、了佐を法号とした。近衛前久〈このえさきふさ・1536-1612〉や烏丸光広〈からすまるみつひろ・1579-1638〉に和歌や古筆の鑑定を学び、茶人としてもひとかどの人物であった。やがて古筆鑑定を業とすべく、幕府から古筆の姓を賜わり、古筆家の祖となる。豊臣秀次〈とよとみひでつぐ・1568-95〉からは、鑑定の証印に捺す「琴山(きんざん)」号の金印を拝領、代々これを極印(きわめいん)として用いた。了佐の朴納とした書風には、禅宗僧侶の書の影響が見てとれる。この短冊の詞書に見える「玄琢」は、江戸時代前期の医師野間玄琢(のまげんたく)のこと。曲直瀬玄朔〈まなせげんさく・1549-1631〉に医術を学び、法橋・法眼・法印に叙される。徳川秀忠〈とくがわひでただ・1579-1632〉の侍医をつとめ、東福門院〈とうふくもんいん=徳川和子・1607-78。秀忠娘〉の治療にもあたった名医として知られる。
(右)玄琢法印御薬にて、鬼に御なり候との御書中おどろきて、口にまかせ候。佐上(る)蘇公御披露:くすりをも酒をも飲みて御仏の鬼にや虵(蛇)にやなるはおそろし 了佐上(る)(左)蝉の声や千々年と祝ひ歌定香
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Tanzaku by Kohitsu Ryosa and Kohitsu Ryoyu
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
- 材質・技法・形状
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材質 紙本墨書
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