興意法親王筆短冊
- 人物
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作者興意法親王(照高院)
- 年代
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制作年 AD16
- タイトル
- コウイホウシンノウヒツタンザク
- 材質・技法・形状
- 紙本墨書
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
興意法親王〈こういほうしんのう・1576-1620〉は、誠仁親王〈さねひとしんのう=陽光太上天皇・1552-86〉の子。はじめ円満院(えんまんいん)に入り、天正19年〈1591〉に改めて聖護院(しょうごいん)に入室、法諱を道勝(どうしょう)と号した。慶長12年〈1607〉、方広寺(ほうこうじ)大仏殿の寺務職を兼帯、ついで道澄〈どうちょう・1544-1608〉を開山とする天台宗照高院(しょうこういん)を継承した。同13年〈1608〉、興意と改名。同19年〈1614〉、方広寺大仏殿の棟礼に先例と異なる銘文を執筆し、徳川氏調伏の修法を行ったとの嫌疑を受け、勝仙院(しょうせんいん)に蟄居の身となる。のち許されるが、元和6年〈1620〉江戸に赴いた際、同地で急死した。享年45歳。父親王は後柏原院流の名手であったが、興意法親王は道澄流(龍山流)を受け継いでいる。尊円流(青蓮院流)の系譜につらなる、温和な筆跡である。歌題の「箏(こと)」は、「そう」「そうのこと」とも読む。13絃の雅楽器で、胴の上に柱(じ)を立てて演奏するものを箏(そう)、立てないものを琴(こと)という。
寄箏別恋:たへずあれな玉のをごとをかけてしもゆくすゑ契る今朝の別路興意
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Tanzaku by Princely Priest Koui
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1葉
- 材質・技法・形状
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材質 紙本墨書
Keio Object Hubでは、試験的な取り組みとして、AI(機械学習)を用いてキーワードを付与し、検索やフィルタリングに使用しています(AIサジェスト)。
初期ローンチ時は、Google Cloud の Vision APIを利用して、各オブジェクトの画像を解析し、自動的にキーワードを付与しています。