三条西実隆筆短冊
- 人物
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作者三条西実隆
- 年代
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制作年 AD16
- タイトル
- サンジョウニシサネタカヒツタンザク
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
三条西実隆〈さんじょうにしさねたか・1455-1537〉は室町時代の公卿・歌人。内大臣公保〈きんやす・1398-1460〉の二男。初名公世、のち公延、元服して実隆と改名した。4歳で家督を継ぎ、後土御門〈ごつちみかど・1442-1500〉・後柏原〈ごかしわばら・1464-1526〉・後奈良〈ごなら・1496-1557〉と三代の天皇に近侍し、正二位・内大臣に至る。永正13年〈1516〉、62歳のとき出家して、逍遙院堯空(しょうよういんぎょうくう)と号す。飛鳥井雅親〈あすかいまさちか・1417-90〉に和歌を学んで豊かな才能を発揮し、飯尾宗祇〈いいおそうぎ・1412-1502〉より古今伝授を受けた。牡丹花肖柏〈ぼたんかしょうはく・1443-1527〉とは同門の間柄にあり、茶の湯で有名な武野紹鴎〈たけのじょうおう・1502-55〉は、実隆門下の一人である。古典の書写や『源氏物語』の研究にも努め、一条兼良〈いちじょうかねよし・1402-81〉のあとを受けて、中世和学の興隆を推進した。その一方で五山派禅僧らとも交わり、和漢の学や有職故実にも通じた、当時の最高の文化人であった。日記『実隆公記(さねたかこうき)』をはじめ、家集『雪玉集(せつぎょくしゅう)』『再昌草(さいしょうそう)』などを著す。また、能書としても知られる。着実で流麗な書風は、三条流(逍遥院流とも)と呼ばれ、多くの追随者を出した。「堯空」の署名は、通常出家後に書かれるべきものであるが、『実隆公記』(文明16年〈1484〉10月4日条・実隆30歳)に既に見えており、署名だけで正確な書写年代を特定することはできない。しかしながら、枯淡の味わいの深い沈着な筆致で執筆されているところから、晩年期の書と推定される。歌題は別筆。
暮春:身にとまる恨やなどと春の色に そめし心もうきわかれ哉堯空
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Tanzaku by Sanjonishi Sanetaka
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
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