豊原国秋筆書状

- 人物
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作者豊原国秋
- 年代
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制作年 AD14
- タイトル
- トヨハラクニアキヒツショジョウ
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
豊原氏は天武天皇を遠祖とする、鳳笙の相伝をもって宮廷の楽所に奉仕した由緒を誇る音楽の家である。豊原国秋〈とよはらくにあき・生没年未詳〉は右近衛将監雅秋〈まさあき・?-1364〉の嫡男。父の家督をうけて楽道一の者となった。『豊原系図』によれば、その没年は不明ながら「他界六十八」と注記するので、かなりの長命であったことを知る。南北朝時代に活躍の人。この手紙の書き出しに「御所」とあるのは、楽の秘伝を相承していた伏見殿崇光院〈すこういん・1334-98。光厳天皇第一皇子〉のことか。文面によれば、「万秋楽」は雅楽の中でも大切な秘曲で、その譜本は秘書中の秘書で、容易に他見を許されぬものながら、特に許可されたことを感謝して、拝見の書物を返進している。折から、山城国(京都府)の石清水八幡宮の放生会(毎年8月15日に行われる勅祭。とらえた魚や鳥などを、山野池沼に放してあげる仏事供養)の前に試楽(予行演習)が行われるので、それに出仕するため、神事が終わってから、ゆるゆると礼手紙を差し上げたい旨を書き送っている。宛名の「中務」(少輔または大輔)は伏見殿の家司であろう。国秋の手紙は、ほかに全く伝存しない。まことに稀珍の一通である。「先日、御所より下され候「万秋楽説々」の御秘書の四帖、返し進上仕り候。同じく又、御書出の物、二通返上仕り候。種々の秘説とも、年月御沙汰、中々申し候べき様も候はず候。これを御賞(め)で候て、此間、拝見仕り候条、申し尽くし難く畏まり入り候。今日より(石清水八幡宮の)放生会の試楽にて候の間、只今、罷り下り候。神事以後、果て候て、委細、尚々、申し入るべく候の由、然るべき様に御申し候はば、畏まり入るべく候。将又、先日の袈裟の事、御返事までも候わず。取りに約すべきの由、申され、返々、畏まり入り候。十三日に御文申出ずべく候て、取りに遣はし候べく候。此の如き次第、参り申すべく候の処、旁々、取り乱す子細共にて、畏れながら状にて申し入れ候。毎事、参上の時を期し候の由、御披露有るべく候。恐々謹言。尚々、この間は、ちとさる子細候て、参り申し入れず候。恐々敬白。八月十日国秋上(たてまつ)る/中務殿へ/国秋上まつる」
尚々此間ハちとさる子細候て不参申入候恐々敬白先日御所より下され候万秋楽説々の御秘書四てう返進上仕候同又御書出の物二つう返上仕候種々の秘説ともとし月御さた中/\申候へきやうも候ハす候これを御めて候て此間はいけん仕候条申つくしかたく畏入候今日より放生会試楽にて候之間只今罷下候神事以後果候ていさい尚々可申入候由しかるへきやうに御申候ハゝ可畏入候将又先日のけさの事御返事まても候ハすとりに可約之由被申返々畏入候十三日に御ふみ可申出候てとりにつかはし候べく候如此次第可参申候処かた/\とりみたす子細ともにておそれなから状にて申入候毎事期参上時候之由可有御披露候恐々謹言八月十日国秋上中務とのへ国秋上
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
Keio Object Hub では、データのオープン化を進めるだけではなく、オープン・データを活用してどのような体験がデザインできるか、さまざまな試みを行っています。
オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Letter by Toyohara Kuniaki
物理的特性
- 重量と数量
-
員数 1幅
- 付属品
- 大倉汲水添状 了意(辛酉丸)極札
来歴
Keio Object Hubでは、試験的な取り組みとして、AI(機械学習)を用いてキーワードを付与し、検索やフィルタリングに使用しています(AIサジェスト)。
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