松平定信筆八言句

- 人物
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作者松平定信(楽翁)
- 年代
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制作年 AD18
- タイトル
- マツダイラサダノブヒツハチゴンク
- コレクション
- センチュリー赤尾コレクション
- 所管
- 斯道文庫 キャンパス 三田
松平定信〈まつだいらさだのぶ・1758-1829〉は、江戸時代後期の将軍補佐兼老中。田安宗武〈たやすむねたけ・1716-1771〉の第3子で、8代将軍徳川吉宗〈とくがわよしむね・1684-1751〉の孫にあたる。幼名を賢丸(まさまる)、字は貞卿。旭峰(きょくほう)、楽翁(らくおう)と号した。17歳の時に白河藩主・松平定邦〈まつだいらさだくに1728-1790〉の養子となり、やがて家督を継いだ。天明7年〈1787〉には老中となり、いわゆる寛政の改革を行なうが、保守的政策が受け入れられず失脚。白河藩に戻り藩政に努力した。晩年は学問に励み、著書として自叙伝『宇下人言(うげのひとこと)』や随筆『花月草紙(かげつそうし)』、『集古十種(しゅうこじっしゅ)』(当時伝存の考古・古美術を鐘銘、碑名、額、法帖、印章ほかに分類、その模写と、寸法・所在を記した大図録集)などがある。書は持明院流を学び、人に請われて社寺の額をはじめ多くの遺墨を残した。この「哀々父母生我劬勞」(哀々たる父母、我を生みて劬勞す)は、『詩経』所収の「蓼莪(りくが)」の一句で、「可哀想な父母は、私を生み育てるのに大変な苦労を重ねた」の意。今は亡き親の期待にそむき、生前に孝養を尽くし得なかった悲しみを詠じたもの。親を慕う真情が表現されている。絹本に、一点一角を楷法で肉太にしっかりと書写する。唐の能書・顔真卿〈がんしんけい・709-785〉の書法の影響を見てとれる。
哀々父母生我劬勞(印「源氏貞卿」)(印「書足以記名姓而己」)
オブジェクトの概要
ライセンスなど
所管・分類など
グループのオブジェクト
OPEN DATADESIGN
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オブジェクトの詳細
識別情報
- タイトル(英題)
- Eight-Syllable Phrase by Matsudaira Sadanobu
物理的特性
- 重量と数量
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員数 1幅
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