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Portrait of Fujiwara no Okikaze by Kano Sanraku

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Person
Date
制作年 AD17
Title
カノウサンラクヒツカセンエ(フジワラノオキカゼ)
Collections
Depository
Institute of Oriental Classics (Shido Bunko) Campus Mita
Ref. number
AW-CEN-002166-0000
License
CC BY Images license
Creditline

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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Classification
Art
AI Tagging
Book Handwriting Rectangle Art Font

藤原公任〈ふじわらのきんとう・996-1041〉撰になる『三十六人撰』は、当時の秀歌の規範として貴族たちの文芸の座右に重んじられた。やがて、平安時代末期・12世紀になると、これら歌人の画像を描いてその代表歌1首を書き添えた歌仙絵が生まれた。なかでも「佐竹本三十六歌仙絵巻」「上畳本三十六歌仙絵巻」が有名である。後世、歌道の流行を歌仙信仰にともなって、絵巻形式の巻子本から、各歌仙ごと貼り込んだ色紙帖なども考案された。本図は、寸法から推して、もとは巻子本でも色紙帖でもない。あるいはもともと36幅に調進されたものであったか。これはその1図。藤原興風〈ふじわらのおきかぜ・生没年未詳〉は平安時代前・中期の歌人で、三十六歌仙の一人。烏帽子・狩衣の片膝立ちの姿に描く。右端下に「狩野」と「光頼」の印が捺される。これは狩野山楽〈かのうさんらく=光頼・1559-1635〉の所用印であろう。山楽は、浅井長政の家臣たる木村長光の子で、豊臣秀吉の推挙で狩野永徳に入門、すぐれた画才を発揮した。元和元年〈1615〉豊臣家が滅びると、同家の絵師であった山楽は、石清水八幡宮の松花堂昭乗〈しょうかどうしょうじょう・1584-1639〉を頼って身を寄せた。この賛は、その昭乗の自筆。奇しき因縁というべきか。温和で優しい典型的な松花堂流の書風である。「藤原興風/誰をかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに」

藤原興風誰をかもしる人にせむ高砂のまつもむかしの友ならなくに

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慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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Institute of Oriental Classics (Shido Bunko)
Campus Mita
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Identifiers

Title (EN)
Portrait of Fujiwara no Okikaze by Kano Sanraku

Physical description

Weights and quantities
Quantity 1幅

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Portrait of Fujiwara no Okikaze by Kano Sanraku

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Weights and quantities
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