Portrait of Kakinomoto no Hitomaro by Konoe Nobuhiro
- Person
-
作者・賛者近衛信尋
- Date
-
制作年 AD17
- Title
- コノエノブヒロヒツカキノモトヒトマロジガサン
- Materials, techniques and shape
- 紙本墨画
- Collections
- Century Akao Collection
- Depository
- Keio Museum Commons Campus Mita
- Ref. number
- AW-CEN-001916-0000
- License
- CC BY Images license
- Creditline
-
慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)
- URL
- Classification
- Art
- AI Tagging
- Font Art Monochrome Hat Painting
歌仙信仰の長い歴史の中で、柿本人麿は歌道の聖と崇められ、人々からひときわ高い信仰を集めてきた。以来、人麿を祀る人麿影供(人麿供とも)が生まれた。これは、歌会において、床に人麿の画像を掛け、歌聖柿本人麿を供養する儀礼で、歌道の向上を願い、あるいは歌会の成功を祈ったのである。平安時代・12世紀から起こった風習である。この画像も、こうした影響下で描かれたもの。本図は墨画の人麿像である。萎烏帽子に直衣姿、脇息に寄りかかり斜め上方を見上げて歌を案ずる様子。すでに、「佐竹本三十六歌仙絵」(13世紀成立)の人麿像などに見る伝統的な形姿である。画・賛ともに近衛信尋〈このえのぶひろ・1599-1649〉の筆。信尋は、後陽成天皇の第四皇子。信尹の妹前子が入内して中宮となり、その間に生まれた。が、近衛信尹に嗣子がなかったため、慶長10年〈1605〉8月25日、7歳にして勅命により、信尹の養子となり、翌日、元服して信尋と名乗ったのである。従1位・関白をきわめた。信尹は、ことのほか信尋を鍾愛、ことに手習いには厚い薫陶をほどこした。自署がなければ弁別できないほど両者の筆跡は酷似する。この人麿自画賛もそれを物語る。画も能くした信尹は、天神自画賛とともに人麿自画賛も多く残している。なかでも文字絵に描いた略画ふうの図様の作品が多い。が、この信尋の人麿像ももとはといえば信尹の手本があったにちがいない。しかし、画・書ともに筆勢に渋滞が見えず、かなり手が進んだ20代以降の作品ではなかろうか。信尹の遺墨は多いが、信尋の画の作品はきわめて稀少で、貴重な存在である。なお、賛の和歌は、『万葉集』(巻第三)に「人麿羈旅歌八首」として所収される1首である。万葉仮名を駆使した堂々とした筆跡である。「あまざかる鄙のなが路を漕ぎくれば明石の渡よりやまと島見ゆ」
阿摩賛加留非難能南閑路遠古喜久礼波あかしのとよりやまとしまゆみ
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- Title (EN)
- Portrait of Kakinomoto no Hitomaro by Konoe Nobuhiro
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