Image of Tenjin
- Person
-
作者流水道人賛者近衛信尹
- Title
- テンジンガゾウ
- Materials, techniques and shape
- 紙本淡彩
- Collections
- Century Akao Collection
- Depository
- Keio Museum Commons Campus Mita
- Ref. number
- AW-CEN-001327-0000
- License
- CC BY Images license
- Creditline
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慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)
- URL
- Classification
- Art
- AI Tagging
- Art Monochrome Tints and shades Visual arts Monochrome photography
左大臣藤原時平の讒訴によって、配所の筑紫国(福岡県)太宰府に左遷、同地で不遇の死を遂げた菅原道真〈845-903〉の怨霊を鎮めるためにおこった天神信仰は、長い歴史の中で多くの絵画遺品を生み出した。天神画像は、礼拝像として描かれた道真の絵姿で、その形式は、束帯天神(笏を手に帯剣した文官の正装である束帯姿で描かれるもの)と、渡唐天神(冠をつけ中国の道服姿で梅の一枝を手挟んで立つもの)とに大きく二分できるが、典拠とした説話や、背景となった天神信仰の性格の変容などによって、さまざまなヴァリエーションがある。 これは、渡唐天神像の1つ。渡唐天神は、天神信仰が禅宗と結びついて生まれたもので、博多の崇福寺に出現して聖一国師(円爾弁円〈えんにべんえん・1202-80〉)に禅を問うた天神が、国師の薦めにより、宋・徑山の仏鑑禅師(無準師範〈ぶじゅんしばん・1178-1249〉)のもとに一夜のうちに渡って法衣を授けられたという説話にもとづく図様(『両聖記』応永元年〈1394〉ころ成立)である。これは、仙冠・道服を着け、梅の一枝をたずさえて立つ、正面向きの渡唐天神像。図上の歌は近衛信尹〈このえのぶただ1565-1614〉の筆。信尹は、桃山時代の公卿で、摂関家近衛家の当主。文禄元年〈1592〉、秀吉の朝鮮出兵にみずからが総指揮をとるべく、渡航従軍を企てたが失敗。同3年、義兄たる後陽成天皇の勅勘に触れ、薩摩国最南端、坊の津に配流となった。後に帰洛し、還俗後、関白・氏長者さらには准三宮となった。歌道・書道に秀で、ことに書においては、近衛流(三藐院流)と称され、本阿弥光悦・松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」の1人に挙げられ、不羈奔放の性格のままに、豪放自在、すこぶる個性的な書をかいた。この賛の書風もその典型である。この歌は、歌意から飛梅伝説を思わせるが、通行の歌集には見えない歌。また、現存の天神画にもあまりみられない。が、『天神本地』(慶安元年〈1648〉)や『菅原伝授手習鑑』に道真の詠歌として収録されていることから、当時すでに道真作という認識があったことを知る。なお、画の筆者・流水道人については、一切が不明。「梅は飛び桜は枯るる世の中の何とて松のつれなかるらん」
梅はとび桜はかるゝ世の中に何とて松の難面かるらん
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- Title (EN)
- Image of Tenjin
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