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Image of Bodhi-Dharma by Priest Gyokuen

Keio Object Hub
Person
Date
制作年 AD14
Title
ギョクエンヒツダルマズ
Materials, techniques and shape
紙本着色
Collections
Depository
Keio Museum Commons Campus Mita
Ref. number
AW-CEN-002029-0000
License
CC BY Images license
Creditline

慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

URL
Classification
Art
AI Tagging
Art Sculpture Wood Artifact Painting

達磨は、インドから中国に渡り、崇山の少林寺に入り面壁9年の修行を果たし、中国禅宗の祖として広く崇拝され、わが国では、鎌倉時代に禅宗がもたらされて以来、とくに水墨画による達磨像が禅林間でさかんに描かれた。その図様は、頂相的な礼拝像と「隻履達磨」「渡海達磨」「廬葉達磨」など、伝説の一部を図示したものなどさまざまな姿に描かれてきた。本図は、頂相的な坐禅する全身像を描いたもの。鋭い眼光、大きい鼻、濃い眉、口髭、顎髭、さらには胸を露出した堂々たる体躯、全身から発せられる達磨の強い意志が表現される。筆者は、室町時代前期の臨済宗夢窓派の禅僧玉畹梵芳〈ぎょくえんぼんぽう・生没年未詳〉で、春屋妙葩の法を嗣いだ。将軍足利義持の信任篤く、応永20年〈1413〉に南禅寺第81世住持となったが、同27年、将軍の命に背いたことから近江に逃れ、隠逸を遂げた。詩・書・画に通じ、とくに水墨画に卓抜の才を発揮、墨竹・墨蘭の名品を多く残している。本図のような道釈人物画の作品は珍しい。賛を加えたのは、京都・建仁寺の僧、桂林徳昌〈けいりんとくしょう・1428-?〉。蕣闇(しゅんあん)はその法諱である。5歳で建仁寺に入り、まもなく出家。一時、伯耆国安国寺の和甫斉忍の法を嗣いだが、応仁の乱後、再び上京、建仁寺西来院の青松軒に帰住した。長享3年〈1489〉62歳の時に建仁寺第231世住持となり、その後、永正元年〈1504〉までの間に12度退院・再住を繰り返している。内外両典に通じ、在俗の清原業忠や三条西実隆などと親交、多くの著書を残している。この賛は、達磨の逸話を詠み込んだ五言絶句。なお、この軸は、洋画家で古美術愛好家で知られた鳥海青児の旧蔵品である。

闍国人難挩西携隻履帰只応熊耳月千古冷光輝虎丘*写蕣闇徳昌

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慶應義塾(センチュリー赤尾コレクション)

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